昭和の風林史(昭和四八年十一月二十二日掲載分)

焦燥感の指数 メーターの針か

小豆は一万八千円という。大きな声を出せばメーターの針が瞬間的に大きくふれるかもしれない。

「貧よりも寒さがつらし根深汁 都穂」

時が時だけに愛知蔵相の突然の死は、暗澹たる気持ちをもたらした。日本経済の前途を思い、田中内閣の今後を思えば、まさしく沈痛。

予算、通貨、物価、インフレ、資源、外交―と難問の山積している現在、田中政権にとって、突然襲われた、あまりにも大きな衝撃であった。

〝政治に殉じた愛知さん〟と新聞はその死を悼んでいるが、行き詰まり気味の田中政治の犠牲者とも言えよう。

戦況とみに悪化しつつあった太平洋戦争末期、連合艦隊司令長官山本五十六大将の戦死が国民に知らされた。その時に受けたなんともいえぬ不吉な予感と暗澹とした気持ち、ちょうどそれに似たショックであった。

いまその時、小豆の相場を考える事など、なんとなくちぐはぐな心境である。ともすれば、小豆の相場など少々高かろうが安かろうが、いいではないか―といった気持ちになるが、それではいけない。

現今の小豆相場は〝小豆〟という赤い小粒の豆の相場と思わぬほうがよい。

いまの小豆相場は、名前こそ小豆であるが、本来言うところの小豆ではなく、単なる投機の対象の品物と考えなければならない。

世相が狂うと、こういう現象が随所に発生する。

一種の熱病である。

ちり紙、洗剤、砂糖などの取りつけ騒ぎを見ていて、無くなるはずのないものが無くなる怖さ、即ち群集心理、これを現実に知った。

それを拡大し、延長した線上にあるのが小豆という名を持つ投機商品である。

需給にまさる材料なしという相場金言は、いまや古典となり、ムードにまさる材料なし。いわゆるインフレ、物価高という魔物に追われている恐怖心と焦燥感。それを結集した恐怖と焦燥の濃度の指数を数字にしたものが取引所の黒板に表示され、その数字の増減によって人々は一喜一憂する。

市場では小豆の一万八千円がささやかれている。

取引所のメーターの針がそのあたりまで瞬間、ふれるかもしれない。

この種のメーターはゲームセンターなどにもある。

●編集部註
この時、政局は第二次田中内閣。パリで開かれる蔵相会議に出席直前の二三日、時の蔵相、愛知揆一が急死する。

これを受け田中首相は内閣改造を断行。新蔵相に福田赳夫が就任して〝狂乱物価〟に臨んだ。

【昭和四八年十一月二四日小豆四月限大阪一万六〇六〇円・一〇〇円安/東京一万五九四〇円・二四〇円安】