昭和の風林史(昭和五九年四月十日掲載分)

なんとも難解な小豆相場

小豆は見ているだけという人が多い。売るのは危険、買う気にもならない―と。

小豆は大型輸入枠で売り込んだ玉が踏まされた格好。

注目の六月限など二千円強の下げを、ほぼ全値近い戻し方の怖いような動きだ。

大阪市場の六月限自己玉は五百枚売りの千枚買いという建玉で上げ賛成型。

それにしても大衆筋の買っている九月限(30㎏建)は、いま一ツはきはきしないし、取り組みもふえない。

北海道の天気が狂っている。春耕も播種も遅れるだろうし、遅霜の洗礼を受けるかもしれない。昭和に入って九のつく年は冷害が多い―など、小豆相場をする人の頭の中には、どうしても二年続きの北海道凶作を考えるわけである。

それなら素直に、売って駄目なら買ってみろ―で、強気すればよいのだがそこのところに、なんとなく躊躇するものがある。

スカッと爽やかに買える気にならない―というのである。だから強いのだ。

今年の夏のお天気に賭けるのもよいが、六月に入ってから天気の様子を見てからでも遅くない―と。

また、台湾など投機家絡みで値段を吊り上げても、交易会での中国小豆成約もあるわけで、実需が伸びているならともかく、桜前線が遅れているように、行楽花見の足も出遅れ、彼岸需要が、さっぱりだったように、行楽需要も低調である。

しかし仕手様相の濃い相場だけに、材料よりもパワーの問題である。

力がある売り方不在の市場で、俵が読まれ、ツキが買い方にあり、相場が言うことをきく。要するに理は売り方にあろうとも、泣く子と地頭に勝てないというところだ。

従って、むきにならず、見ているところでなかろうか―という意見もある。

敢えて逆らわず自分が納得できる場面がくるまで待つところかもしれない。

●編集部註

 全てのジャンルはマニアが潰す(木谷高明)―。

 当欄では、この言葉を何度も繰り返してきた。

 ここで登場する「仕手様相」が日本の商品先物市場、とりわけ小豆相場における〝マニア〟になる。昔、相場師は小説や映画の世界ではヒーローとして描かれていた。当節の言い方なら「ダークヒーロー」であろうか。

 そのヒーローが、いつしかヒールとして描かれるようになったのは何時からだろう。「ナニワ金融道」では完全な詐欺集団のような扱いになっていた。思えば、その狭間が1980年代である事に気付いてしまった。