昭和の風林史(昭和五十年二月七日掲載分)

10キロ建てなら 三百四十円高へ

強気強気の明け暮れは芸がないというかもしれないが、要は儲けるのが狙いで芸とは無関係だ。

「梅ほのほの宇治の焙戸の薄烟り 碧梧桐」

六月二日に生まれる小豆、手亡(50年産新穀)から今の60キロ建てが10キロ建てになる。この場合、今の値段を六で割ればよいわけで、手亡一万四千三百円なら二千三百八十三円となる。刻みは一円である。

すぐにはピンとこないでとまどうが、そこがつけ目なのだ。

売買単位をどうするか。値幅制限をどう決めるか―と、これから決めていくわけで、いうならこれも市場振興策の一環。小豆が二万円なんて、とんでもないとお役人が奇声を発しないよう、只今取引所相場は三千三百三十四円で、はい。

業界ぐるみで世間様の目からのがれようという寸法だから、新聞の相場記事も世間様の目をのがれて二千三百九十五円の手亡先限の目標値は、とりあえず二千六百五十六円あたりまで二百六十一円幅が見込める―などと耳のうしろあたりがなんだかむずがゆく、かゆいけれど、どのあたりが本当にかゆいのか、掻いてみても、そこのところにとどかないじれったさを辛抱しなければならない。

間違っても千丁高などとかけば六千円幅の事になるから10キロ当たり千丁高目標だとか、一俵当たり千丁高などと難儀である。

ケイ線を書く場合、これをどう書こうかなどと取り越し苦労な事を考え、今までの分をそのまま使用するには、いちいち六倍するわけで、六月限の六節だから六、六の三十六の六市場は二百十六の手亡を入れると倍の四百三十二回の計算は大変な業(わざ)である。

だから10キロ建ての新しいケイ線を別に書く人もあるだろうが、両方を見くらべて見ても相場の動きに変わりがないから、あなたは相場はヘタだがケイ線は上手に書くねということになりかねない。

しかし世の中、なにか変化がないと退屈で刺激がない。穀取業界にとっては大改革の大英断で大進歩というべきだろう。いや笑ってはいけない。ここまでくるまでが大変だったのであるから関係者諸氏の努力は高く評価すべきだ。

さて、相場のほうは毎日毎日強気強気も芸がないけれど大相場必至、底入れ相場ならば一路強気一貫で明けても暮れても強気するのが大幅利食いの基本である。

●編集部注
当節、ケイ線を手で書く御仁は少ないと聞く。

その昔、商品取引員の新入社員は、外務員試験の勉強と併せて、特大の方眼紙にローソク足を書かされたものである。

【昭和五十年二月六日小豆七月限大阪一万七五一〇円・一〇円高/東京一万七五二〇円・七〇円安】