昭和の風林史(昭和五十年一月二五日掲載分)

ピーがなにさ 相場は上のもの

燃えかけた人気に水をさされたが、燃えようとする相場は必ず燃える。小豆も手亡も買い場だ。

「頬白の鳴く篠むらの春の雪 聖子」

せっかく盛り上がろうとしていた穀物市場の人気に、ピービーンズ成約説で大手亡相場がS安二発で無残にも斬って捨てられ、小豆にも影響して、それが相場とは言い条、もったいない事をしたものだというのである。

しかし見ていると手亡の一万三千円ラインは、これは割れない相場になっている。

確かに手亡は人気を集めて買われた。

穀物市場を敬遠していた専業取引員も、証拠金の手ごろさに魅せられ営業の主力を手亡に移しつつあった。

相場が、ここで、どんどん人気化して、暴騰されては困る人もあろう。

従って、先の事はいざ知らず当面はぶっ叩く。

先物市場の投機は弱肉強食である。

専業筋の買い玉は、一発で投げさせられた。

専業筋にしても乾繭市場あたりでは、市場を半ば寡占化して価格操作にも似たことをするから、一杯してやられたという事になる。

賽の川原で小児の亡者が一ツ積んでは父のため、二ツ積んでは母のため、父母の供養の塔をつくろうとするが、鬼が出てきてすぐ潰す。これを地蔵菩薩が救うのであるが、先物市場は鬼ばかり多くて供養の塔はなかなか建たない。

しかし、手亡が崩されているあいだ、小豆の相場を見ていると、これは今までとだいぶ違う。

小豆は、手亡のおかげで、よい押し目が入ったといえないだろうか。

小豆の上値は一万七千五百円あたりと見る人が多いけれど、一万七千五百円の六千五百円という、その間の相場が当分続くという先入観は、あまりにも一般的だし常識的過ぎて発想の転換がない。

ここで、小豆は、もう千円上の水準、即ち一万八千円からが相場に弾みがつく活躍場所で、七千五百円近くから売られて、八千円抜けから踏みが出ると見る。

現物は一月に入ってかなり順調に売れている。

小豆は買い場を露呈していると判断する。

手亡も、相場を相場として見るなら一万三千五百円以下は百万人といえどもわれ行かん。買いの勝負を貫く者が勝つ。

穀物相場は買い時代だ。

●編集部注
 確かに、地蔵和賛の世界と相場は似ている。

 釈迦入滅から五六億七千万年後に弥勒菩薩が現れるまで、この世に仏はいない。この間人々を守り、教化し、救済するのが地蔵菩薩の仕事だ。

【昭和五十年一月二四日小豆六月限大阪一万六八一〇円・変わらず/東京一万六九二〇円・二〇円高】