大局方針不変 手亡依然暴走型
相場というものは押し目が入るから強くなる。小豆も手亡も大勢観で処すれば強気一貫である。
「古書つんでほこりは白し冬籠り 碧梧桐」
人気を計る体温計みたいなものを市場に差し込んで目盛りを見ていると、ゆっくり上昇しだす。
そのかわり相場のほうは押してくる。
小豆にしろ、手亡にしろ、利の乗った玉は利食いする。
安値を売った玉が先週末に踏んでいたから、それに合わせての買い玉利食いは当然の成り行きだ。
さて、利食いしたあとどうするか?という事を考えた場合、証拠金も引き上げ、利食い金も引き出し、冬籠りするという人はまずいないだろう。
利食いしたあとは、次のチャンスを狙う。
さらに伸びきれば軽く売ってみようという人。いやいや、それは本間(宗久)さんも戒めている。買い気を含みて一分の存念で売る事心得違いなり。ただただ安値を買うべし―と。
上げも取ろう。押し目も取ろうは、出来る時もあるけれど、人間器用すぎると、どこかで大ポカをするものだ。
新幹線はヒカリもコダマも乗車運賃が一緒になるそうだが、小豆より手亡のほうが(証拠金が)安くてしかも手亡のほうが速度が早いのだから、小豆から手亡に乗り替える人が多かった。
小豆と手亡の出来高の比較。取り組み高の比較。どちらの列車に人気があるかは、安全性と速度の問題であろう。
他市場(毛糸等)から穀物に投機の対象を変える人もこれから多くなりそうだ。飛行機にするか、車にするか、長距離バスもあれば、高速フェリーボートもある。
毛沢東氏の如く、私は絶対飛行機には乗らないという人もいる。
ウマには乗ってみよ。人にはそうてみよで、小豆もやってみよ、手亡も追うてみよ。まんざら毛糸だけが相場とは限らないが、内田百閒先制の如く、嫌なものは嫌だ。なぜ嫌か。嫌だから嫌だ―という人には無理強いしない。
相場新聞は、押し目買いなどと気安く書くが、一体なん円下げたところを買えばよいのか、それが判らない。これは当然のことで、書いているご本人が判らないのだから聞くのは野暮だ。手亡の先限一万三千七百二、三十円どころ。小豆の先限一万六千八百五十円どころ。再度仕込み場と見る。
●編集部註
内田百閒―。別名百鬼園。漱石門下にして随筆の名手。借金魔、美食家、鉄道ヲタク、へそ曲がり。
「嫌だから嫌だ」は彼が日本芸術院の会員内定に際しての断り文句である。
【昭和五十年一月二十日小豆六月限大阪一万六九三〇円・三六〇円安/東京一万七一二〇円・三二〇円安】