まず買い方針 暮れに底値確認
古典的な相場観や相場金言、あるいは伝統的ケイ線観が本年あたり威力を発揮するだろう。
「鶯の枯木をくぐる初音哉 鳴雪」
乙卯(きのと・う)の乙は古書によると早春、草木が屈曲しつつ土を出づるさま―とあり、卯は、陽気を生じて茂るなり―とある。
新春の小豆相場に対する一般の人気は、およそ次のようである。
1・今年は小豆相場が人気を集め、激動する。
2・ホクレン等の売り物が一巡定期につながれたあと相場は回復しよう。
3・しばらくは六千円の七千円という圏内での動き。
4・作付け面積の大幅減反が相場の芯になろう。
5・三年連続豊作のあとだけに天候に勝負がかけられ投機資金が集中する。
6・相場の下値(底辺)は確認された。
7・しばらくは坐して兎を待つ〝守株〟であってもいずれ小豆、手亡と〝二兎を追う〟事になろうし〝始めは処女の如く終わりは脱兎の如し〟という格好になりはせんか。
年頭に当たり思うのだが、今年あたりの相場は狂乱物価時代と違い、世相が随分落ち着きつつある。
従って相場も五、七年前あるいは十年前のような理屈に合った動きや波動に戻るのではないか。古くからある相場金言が光をはなち古典的なケイ線観が蘇生する。47年、48年の相場では古い型の相場師が、とまどいを見せた。しかし今年あたりから再びオーソドックスな古典的相場観が主流をなすだろう。
もうひとつ。五、七年前、あるいは十年前と今の価値観の相違。これに注意せねばならない。
当時、五百円ひと相場だった。千円幅動くと大相場と見た。
一枚の玉で千円幅は四千円替えだ。十年前の四万円と今の四万円の違いを考えなければならない。それをどう考えるかだ。
昨年は先限引き継ぎで最安値→最高値の値幅は五千五百円幅だった。48年のそれは一万千円幅だった。
47年のそれは九千円幅。46年も九千円幅近い高安。
三年連続の豊作で、しかも百六十七万俵という数字の重さを頑強に支えた相場そのものの価格が一万六千円という事は、これは小豆の裸の値段と言える。
目先的には暮れの18日に小豆は底を打っている。相場としては無条件買いの完全な線型である。
●編集部註
確かに底打ちしている。
問題は一本調子か、紆余曲折か、線形や波動が判らないという感じか。
後者なら読み通りでも辛抱がいるから厄介だ。
【昭和五十年一月七日小豆六月限大阪一万六四九〇円・一〇円高/東京一万六六六〇円・一五〇円高】