昭和の風林史(昭和四九年十二月十七日掲載分)

物無に帰さん 答うる所知らず

他商品相場は厄を済ませたが小豆はいまギリギリに来てそれをやっているみたいだ。

「雪染めて万両の紅あらはるる 宗石」

しなければならない事が山ほどあるのに体調を崩し、疲労と風邪で寝込んでしまって、これが無理したあとのトガメというもので、その間、相場は13日の金曜からチンタラ、チンタラ悪化しだすし、14日義士祭は新安値、16日月曜はさらに軟化。カレンダーのほうは一日一日と斜めに線を入れて消していくと、いよいよ気は焦る。なんで一体あせらにゃならんのか。年末だからとて他の月と別に変わりはせぬのに、正月なんか来なきゃいいのに。腹を立てても手形の期日と借金取りと現行の締め切りはきちんと来るから難儀なことだ。

しかし考えてみれば暗澹、絶望の境を楽しむという。ゆとりがないわけでもない。死地に活を求むという言葉がある。

下げる相場は止まるところまで下げる。

そう思えば、なんということもない。

木鶏と木猫である。

昔、隣郷に猫あり。終日眠り居て気勢なし。木にて作りたる猫の如し。人その鼡を取りたるを見ず。然れども彼の猫の至るところ近辺に鼡なし。所を替えても亦然り。我行きて其故を問う。彼答えず。四度問えども四度答えず。

答えずにはあらず。答うるところを知らざるなり。是を以って知る。知る者は言わず。云うものは知らざることを。彼の猫は己を忘れ物を忘れて物無に帰す。我亦彼に及ばざること遠し。

年末のスケジュールをどうしようとか、期日の来る手形をどうしよう、頼まれた原稿や新年号の原稿をどうしようなどと考えないで、もとより相場の高下など眼中になく、われ対処するところを知らず、すべてを忘れて我れ物無に帰すれば、年の瀬も、へったくれもない。

人間は、終始自分に対する他人の意思、勘定、批評などに左右される。誰が自分をどう言ったとか、どう思っているかなどを常に気にしている。この事を逆にすればよいのである。彼が自分をどう思っているか?ではなく、自分が彼をどう思っているか―と。自身と定見を持てば人の顔色など見て暮らすことはなくなろう。

きょうは実収高の発表。これで一段安に叩かれれば四十九(死中九)年のアクが抜けよう。

●編集部註
 当時の東京小豆市場のチャートを見てみる。

 一万七〇〇〇円を挟んだのたくり相場は三分の一ほどしか経過してない。弛緩状態はまだまだ続く。

【昭和四九年十二月十六日小豆五月限一万六二〇〇円・二九〇円安/東京一万六一九〇円・三二〇円安】