昭和の風林史(昭和四九年十二月十日掲載分)

恭順なれども 功名誰か論ぜん

小豆の強気は恭順している。しかし憤慨の志はなお存ず。人生意気に感ず。功名誰か論ぜん。

「北国の北のくらさや冬の海 月尚」

一茶の句ではないが、小豆相場は〝ともかくもあなたまかせの年の暮〟―といった風情である。

〝ゆく年のこぞりともせぬ相場かな〟。

17日農林省が小豆等の収穫高を発表する。

前回発表の数字より多少増えるか、前回並みだろう―と強気している人でもこの数字に期待はしていない。

それは、仮りに(減少を)期待して、肩すかしを食う事を恐れるからだ。

年末ギリギリになって肩すかしのショックを受けるのは避けたいという、しおたれた気持ちがある。

それほど強気筋は今年の相場で疲れきっている。もう、心のいた手を受けるのは嫌だ―と。出来得れば、そっと越年したい。

人は〝絶望〟という樫の棒で何回も頭や腰を打たれると〝希望〟というものを持とうとしなくなる。

即ち絶望の淵に、しゃがみこんでしまう。

いま、一年をふり返ってみると、一月の石油危機の反動安で脳天を新ポからカチ割られた。

次に巨大な仕手筋の活躍に期待したが、その仕手は総需要抑制というお札の前に惨(さん)と散った。

そして海外の雑穀市場の高騰や、異常気象下の天候相場に夢をつないだ。

それは鳥羽、伏見の戦いに破れて落ちて行く新撰組の心にも似ていた。

しかし、最後に期待した天候は霜一発の希望も消えて収穫発表で、とどめを刺された。その間、海外の砂糖相場の暴騰。アメリカ・ピービーンズの相場崩落と天は、あくまで背を向け通した。

いま、小豆の強気は恭順しながらも昭和50年になにかを托そうとしている。

しかし、精神的にも資力的にも随分疲れきっている。

天曇り雨湿るとき声の啾啾たるを君見ずや。

百年多病(へい)独り台に登る。艱難はなはだ恨む繁霜の鬢(びん)潦倒新たにとどむ濁酒の盃。

しかし、相場の世界に身を置く者は「縦横の計(はかりごと)は就らざれども慷概の志は猶存す」。「人生意気に感ず功名誰か復た論ぜん」―。

然り。繁霜の鬢なれども人生意気に感ず。功名また誰か論ぜん―だ。

●編集部註
行間が暗い。実際に相場が暗いのだが、それはこの年の世相を反映しているのかもしれない。

昭和四九年に流行った歌が「昭和枯れすゝき」「傷だらけのローラ」「精霊流し」「私は泣いてます」。流行った映画が「砂の器」「青春の蹉跌」。ベストセラーが「ノストラダムスの大予言」である。

【昭和四九年十二月九日小豆五月限大阪一万七一五〇円・九〇円安/東京一万七〇九〇円・八〇円安】