昭和の風林史(昭和四九年十一月二七日掲載分)

積極性がない 怠惰無関心市場

ぬるま湯につかっているみたいな小豆相場が続いている。怠惰、無気力、無関心そのものだ。

「埋火に酒あたたむる霜夜かな 桃隣」

毎日同じようなことを書いているみたいだ。相場が同じようなところで押したり突いたりしているからそれも仕方がない。

商品市場の人気は毛糸に集中して久しい。

しかし、この毛糸も取り組みの面などから限界に来る日も近いと警戒気味だ。毛糸の先物市場に対する世間の風当たりも無視できぬ。

毛糸が、なぜ今のように人気を集めているのか、この事を穀取関係者、あるいは商い低調で閑になっている取引所当局者は考えてもらいたい。

市場が大きい事。相場が大幅に動く事。証拠金と手数料が委託者に手ごろな事。商品セールスがお客さんに勧誘しやすい事。取引員が取引所に持っていくお金が他商品より有利な事、取引所が業者に寛大な事など、いろいろと挙げられる。

ひと昔前までは商品相場の花形は小豆相場であった。その後は生糸に人気が集中した。

世相にマッチした商品が脚光を浴びるのは当然であるが、穀物が、いまひとつ不人気な理由を業界人は考えてみる必要がある。

早い話が手亡の供用品の格差の問題一ツにしても、その時、その場に応じた対策が必要であろうし、小豆も供給過剰の時と品薄の時では、もっと違った取引所運営が出来てよいはずだ。

取引所当局者の頭が硬直しているから、緩急自在の運営が出来ない。

また、おしなべて穀取の事務当局者は怠惰で無気力である。老齢化という問題もあろうが、人材不足である。それは、とりもなおさず理事長の怠慢と事なかれ主義、不勉強からくるものである。取引所当局は常に有能な人材を確保すべく努力し、また人材の登用を心がけるべきであるが、残念ながらそのような積極性は見られない。

ここ数年、穀取の事務局は、よれよれである。

早い話、穀取は、小豆、手亡のみに頼らず、輸入大豆の商いを再開するとか大納言小豆や大正金時、あるいはアメリカ産ピービーンズの別建てなどを積極的に研究してみてはどうだろう。また小豆の建て値を今の60キロ建てから一キロ建てにするとか、限月を12限月制にするとか方法はいくらでもあろう。

●編集部注
 お上のご意向に楯突くとは不届き千万、とこの当時にこの記事を読んで思った人もいただろう。

 実際、その後の穀取のよれよれぶりを平成まで見ていると、高説ごもっともとなる。

 何事も愛のない処断は衰退を招くのだと感じる。

【昭和四九年十一月二六日小豆四月限大阪一万六七五〇円・三一〇円安/東京一万六六六〇円・四七〇円安】