師走上伸必至 売り次代終了す
手亡という隣家の災難に巻き込まれたような小豆相場だった。既に小豆は立ち直ろうとしている。
「河豚喰うや短き命短き日 虚子」
十一月の納会が済むと駆け足で日が過ぎそして師走。なにもかも苛立ってくる。
相場のほうも荒れてくる。
しかし例年、師走に入っての焦りは、焦るほど効果は挙がらないものである。
小豆相場は十月23日と十一月20日で下値の限界を見た。
このあたり(四月限で六千五百円)は、完全な大底である。それは、一、二月限でも判然と、この値段以下の相場はあり得ないという事を教えている。
即ち一月限では
9月28日…一五、一六〇円
10月23日…一五、一八〇円
11月20日…一五、〇〇〇円
二月限では
9月28日…一五、四七〇円
10月23日…一五、三九〇円
11月20日…一五、三〇〇円
一月限の一万五千円、二月限の一五三〇〇円。いうなら鉄壁の大底である。
この事は前二本の十一月限、十二月限を見ても言えることで、九月28日十一月限が付けた一万四千三十円は、明らかにこの限月一代の大底になっている。
ともかく、先般(十一月20日)の安値は、小豆そのものが悪くて付けた値段ではなく、手亡という隣家の災難に巻きぞえを食って付けた安値であるから、この水準を割り込むという事は考えられない。
さて、そこで、人々は大底値は確認したが、それでは上値は、どのあたりまで期待出来るか?という目先の事をすぐ考える。
曰く。先限の一万七千五百円はホクレンのつなぎが入るから限界だ―と。
だが、相場とは、そんなものではない。
第一、ホクレン当局にしても、一万七千五百円が付いたら、どんどん売るという事をするだろうか。そんな事をしたら一万七千五百円が上値の限界値になってしまう。相場に妙味がなくなれば、誰も手を出さなくなろう。
また、一万七千五百円は〝売りだ〟と投機家筋がホクレンを頼りに売ってくれば、取り組み内部要因というものが変化して、相場は突っ走ってしまうかもしれない。相場とは、そういうものである。
賢明な投機家は先限の一万七千円割れは買い場で、それは大底を確認した以上、相場が天井するまで買うしかないという考え方によるもので、他に理くつをつける以上は、なにもないのである。
●編集部註
その理くつ、わかっちゃいるが…。平成二八年十一月九日の日経平均株価の安値を買えた御仁が、どれだけいたかに通ずる。