昭和の風林史(昭和四九年十一月二五日掲載分)

投機家の目は 昭和50年を凝視

弱気の天下は終わっているのだ。内部要因も改善された。小豆相場が金融緩和と共に見直される。

「山菜の山の上にて商へり ひろ子」

ホクレンあたり牧草でさえ農家手取りは反当たり四万円ないし四万五千円の収入があるのに小豆がそれ以下では余りにも安すぎるという見方をしている。

小豆の値段が来年の播種時分になっても今のような値段なら、生産意欲は減退し、小豆の作付け面積は四万ヘクタールを割るかもしれない―という見方も出てくる。

本年十勝をしのぐ大相場になった中間地帯は、採算のよい稲作に再び戻るだろうし、三年連作のあとだけに土壌もかなり疲弊している。

まして今年は危ない、今年こそ冷害の危険性がある―と、この二年間心配されてきた北海道の夏の天候が奇蹟としかいいようのない好運に恵まれ、小豆の在庫を潤沢にした。

しかし、世界的な異常気象はなんら解消されていない。

ソ連が砂糖を積極的に買っていることから異常気象でビートの収穫が悪かったという観測がなされている。

アメリカの穀物、飼料なども災害を受けている。

三年に一度は冷害に見舞われる北海道だが、この三年まったく奇蹟としか言いようのない小豆の高収穫を見たことは感謝しなければならない事だが、それだけに昭和50年が心配になるのである。

もし仮に作付け面積が大幅に減り、大冷害、凶作に見舞われたら、小豆の収穫五十万俵以下にならないとは言い切れない。

その時にこそ、豊富な49年産小豆の繰り越しが供給の安全弁になるのである。

来年の事、ましてお天気の事など判りはしないが、そこに可能性がある限り投機の対象となる。

まして〝草〟よりも安いという小豆だ。

いつまでも今のような価格に放置されているはずない。

この時、金融が少しずつゆるみ、相場内部要因また大幅に改善され、もう下げるのは嫌だという相場を弱気するなど、相場の心を知らなさすぎるも甚しいと言うしかない。

線型は既に岩盤の三転底を打ち、猛然と出直る態勢にある。

弱気の天下は終わっているのだ。

●編集部註
 通常ならば三点底だ。

 ただ十一月中旬のマドが気味悪く存在している。売り方はここを叩く。それを買い方は防げるか。

 世情も相場も、叩き叩かれて動いていく。

 この時世情で叩かれに叩かれた田中角栄首相はついに退陣を表明する。

【昭和四九年十一月二二日小豆四月限大阪一万七〇九〇円・三〇〇円高/東京一万七〇七〇円・三七〇円高】