岩盤の三点底 猛然と反騰せん
相場には自然の法則がある。下げすぎたものは自律反騰する。復元力をあなどるわけにはいかない。
「日の影や人にて凄き網代守 言水」
小豆相場は強制的な玉整理を済ませて、その線型は反騰を暗示した。
いま、小豆一、二月限の線型を見ると、九月28日、十月23日、十一月20日と、いずれも同値水準で下げ止まり、珍しい姿の三転底を形成している。
三月限にしても十月23日五千五百十円。十一月20日五千五百円―と、下値の限界を、まざまざと示すのである。
時ならず手亡相場がピービーンズで殺され四日連続のS安となった、その道連れにされた小豆である。
本来、先限(三月限)の七千円割れ、二、三月限の六千円割れの水準は大底も大底、裸の値段である。
それを叩いたのであるから必要以上に玉整理が進んだ。
従って、相場が猛然と反騰しても不思議ではない。
悪役を演じた手亡が、やはり止まるべき地点にくれば止まっている。市場では一万円ベタの手亡相場が言われているが、ピービーンズの供用格差も手直しされれば、実態以上に叩かれた手亡は、やはり相場自然の法則で復元力を発揮する。
いずれにしても手亡は下げ日数(日柄)の面と下げた値幅の面で充分の水準まできてピービーンズで大底を破られたので、奔然と立ち直って当然である。
小豆も悲観的に見ようと思えば幾らでも悲観材料はあるだろうが、相場そのものが実態以下に下げ過ぎたものを、なお弱気していては相場の罰が当たろう。
金融も、少しずつ緩和してきた感じがする。もうこれ以上悪くはならないという目安さえつけば、萎縮していた気持ちも明るくないr、それがひいては相場思惑につながり仮需要も出てくる。
その意味からも小豆の四月限など昭和50年度の諸情勢を勘案すればスペキュレーションとしての妙味よりも、純投資の対象として随分有利な物件といえる。
筆者は前にも書いたが、一万七千円割れの四月限は三、四カ月待つ気ならば、相当な値幅が約束されていると確信する。
安値にきての売り込みという相場の内部要因だけを見ても、この相場の復元力は、あなどれない。
●編集部注
ここでの指摘通り、日経平均株価は前年一月に五三六〇円を高値に下げトレンド。昭和四九年十月に三三五五円で反転、七年強上げ続ける。
相場の節目は企業の節目。この月末に三省堂が倒産。今も神田にある三省堂書店との資本関係がここでなくなり、二社は別々の道を歩みはじめる。
【昭和四九年十一月二一日小豆四月限大阪一万六七九〇円・一三〇円安/東京一万六七〇〇円・一七〇円安】