昭和の風林史(昭和四九年十一月二日掲載分)

タナ上げ待ち 閑散気迷い市場

市場全般が気迷いに包まれているところへ悪役の手亡がアク抜けしないため、何かと時間がかかる。

「おとのして夜風のこぼすぬかごかな 蛇笏」

四月限は大阪市場九百九十円の上ザヤを買って生まれた。東京市場は七百七十円のサヤだった。

悲観的にに相場を考える人なら、この発会であげたサヤの空間、大阪市場なら九百九十円幅を四月限は下げて、四月限の一万六千四百円という値段があると思うだろう。

長い病(やまい)を煩うと気が弱くなるという。相場も陽も当たらないポジションに長くいると気が沈む。

そして知らず知らず弱気になっていることがある。

新ポ高寄りして、あと、力の無い相場だった。

七千円台のものなら売っておけば千円幅は十分に取れようという考え方が支配するのも無理はない。

見ていると、やはり手亡が悪役になっている。

手亡の一万四千百円どころは三月限が先限時代三回叩いて、いずれも抵抗を感じている。手亡の四千円は小豆の五千五百円同様、いまの相場の大底圏という見方が出来ている。

しかし一万五千百円という四月限の生まれを見るとひとまず売っておこうというほかになんという理由があるわけではないのだが、五千円という数字に売り気を誘われるようだ。

新穀市場は、これから新穀の出回り状況と、現物の売れ行き、そしてホクレンのタナ上げという需給面にウェイトを置いた値動きになるが、すぐに大きな上値もないかわり、深い安値も考えられず、やはり小豆の一万五千五百円の一万七千五百円。この二千円の圏内での動きということになりそうだ。

ただ、先物相場は、現在の需給事情だけという狭い範囲の概念ではなく、将来の、あり得る可能性の概念を対象にして自由に売買できる場所であるから、限られた総需給量を、上回る需給概念が、市場に発生すれば、投機熱は必ず上昇する。

その意味で、47年秋の、あの安値時代、桑名の板崎氏が、豊作小豆を前にして、①品物が豊富だから投機買いの対象になる②一年12カ月を単位とせず24カ月を単位にする物差で強気する―と、人々の思いもよらぬ角度から総悲観人気の小豆を強気したことは、それが大インフレ狂乱物価時代とはいえ、稀代の相場師の冴えた感覚だったと思った。

●編集部註
 相場読むより日柄読め。まさにこの一語に尽きる。これは、先週の日経平均株価の下落にも通じる。

 あとは値幅と波動次第。

【昭和四九年十一月一日小豆四月限大阪一万七二三〇円・東京一万七三〇〇円】