昭和の風林史(昭和四九年十月五日掲載分)

押し目買いだ 大勢大直り段階

人気面は戻り売りで弱気の尾を引きずっているが相場は押し目買いの流れに入っていると見る。

「木犀の香は年々のきのふけふ 麦南」

NY株の続落はアメリカの苦悩をあらわしているようなものである。

日本の証券市場も苦悩の色が濃い。証券界は、未曾有の証券不況が木枯しと共に訪れるのではいかと、おののいている。

前の晩に飲んだお酒がまだ残っている朝の早い一番の飛行機で博多に飛んで日帰りしてきた。

久しぶりの博多は、どうという事もなかったが、取引員各社とも気合が入っていた。前日が関門商品取引所21周年で集まった人たちのゴルフがあって北辰の北内氏が優勝したそうだ。

関門商取理事長問題のシコリも、月日の経過で洗い落とされたようである。

来週の八月は神戸穀取の開所二十何周年かの記念で、ささやかな祝賀会がある。賑かな雰囲気の好きな坪野理事長も辰巳問題がひっかかったままだから祝賀のお酒に心から酔えまい。

名門・鈴屋商事の藤岡藤蔵社長が、小豆相場がどん底を打った九月28日の役員会議で辞任する事を決め、その送別の席がもうけられた。藤岡氏は業界で愛されていた男である。藤岡家の長男として、実家の造船業の仕事に打ち込まなければならない。事情が出来た。好男土佐の高知にその骨を埋(うず)めるや。否。一、二年で家業を建て直し再び舞い戻る決意なり。協和商品→丸善商品と社名変わり星移りで幾秋をか渡り茨の道を歩むこと十余年。

丈夫涙なきに非ず、離別の間にそそがず。酔い来りて空山に臥せば天地即ち悠悠。別れるに当たりて筆者は淋しかった。

小豆相場のほうは早早の利食いと、新規の売りを誘って、行ってこいの格好であるが、戻り売りではなく押し目買いである。

十月新ポの目を洗われるような上伸は、底打ちした相場でないと出来るものではない。

九月28日、あきらかに相場は大底を打った。

いま一万七千円のラインの抵抗を受け、これが押し目を入れて力をたくわえ、上伸のエネルギーを蓄積する。

線型は一、二月限の七千四百円に大きな関門を控えている。三分の一戻しから半値戻し。そして三分の二戻しは、あらたな力をつけ、そして新鮮な材料を持って断行されよう。

●編集部註
昭和四八年一月、NYダウは千六七㌦の高値から下げ街道をひた走る。

一度戻るも十一月に大陰線。十二月から翌年三月まで戻すも再度崩落。九月まで七カ月連続で陰線を記録。やっと十二月に五七〇㌦で底を打つ。

【昭和四九年十月五日小豆三月限大阪一万六七四〇円・九〇円高/東京一万六九一〇円・九〇円高】