陰の極に突入 市場さらに弱気
だらだらとだらだらまつり秋淋し(万太郎)。投げ終わるまで待っているような場面だ。
「待つことは長し栗の実落つることも 青邨」
小豆相場で一億円の穴をあけ、親子四人が心中、事情を知る部下も自殺した―という社会面記事は悲惨であった。
相場は人の命をも取る。
相場界では、人を殺した相場は、そのあたりを限界とする。必ず恨み相場が展開する。
九月九日重陽の節句、買い方大手筋の投げが目についた。
八月下旬(27日)にかなりを投げ、なお残り手持ち分の去就に大きな関心が持たれていたが、環境味方せず、決断を迫られた。
市場人気は先限一万五千五百円を言う。
その値は、あと千円幅もない。
大正九年の財界大反動では生糸、綿糸相場が高値から70~80%を崩した。四分の一の値段になった。株式も三分の一から四分の一に値崩れした。米は半値で止まった。
現在の不況を大正九年パニックに匹敵するという見方も出ている。繊維界は特にそういう暗さがある。
当時、全国百六十九の銀行に取り付けがあった。
株式市場と全国のあらゆる商品取引所は閉鎖した。
大正八年の狂乱インフレと大投機熱が昭和四十八年のそれだとすれば、大正九年の反動は、昭和四十九年のそれであるかもしれない。
もとより世界経済も日本経済も当時と現在では、規模も構造も政策も違っているが、人間の心理というものは、大きな変わりがない。
値のあるものはすべて売っておけと極論するむきは、商品市場での値のある穀物と砂糖を徹底的に売っておけばパニック相場に乗れる―とするが果たしてどうだろう。
大正九年の財界反動期は土地も暴落した。賃金も下がった。物という物の値が低落した。大デフレである。
現在は、地価の暴騰は止まったが、全体が暴落することはない。賃金も高水準だ。米価も国鉄運賃も、郵便料金も、そしてタバコまで値上がりする。不況下の悪性インフレである。
投げる者は皆投げ、売る者は売り、高値期待感が完全にしぼんでしまうあたりが、自から小豆相場の限界点となろう。
明日二百二十日。明後日は昨年大底を打っている。
●編集部注
第一次大戦後の不況とダブらせて見るのが時代。
朝鮮戦争と糸へん景気、この当時の伊藤萬危機との間は躁と鬱の関係。戦争と平和から来る、好況不況の衝撃波の経験回数が今の人達とは全然違う。
【昭和四九年九月九日小豆二月限大阪一万六五四〇円・四〇円高/東京一万六五五〇円・変わらず】