昭和の風林史(昭和四九年九月六日掲載分)

下げ相場完了 高水準の逆張り

小豆相場は高水準三千円圏内の動き。内部要因面から硬化。七千円は頑強な抵抗であった。

「木曽節のほかは踊らず月は更け 非文」

相場というものは高いと買いたくなるし、安いと売りたくなるから難儀である。

相場巧者は高ければ高いで見きわめをつけて売っていく。安ければ安いで目標を持って買い下がる。

相場の天井は最も強く見えたところ。相場のそこは最も悪く見えるところ。

板崎投げ、栗田投げ、われも人も皆投げたところが底だった。

昨年も板崎氏の投げたところが大底だった。この二月も彼が投げて底を打ち、三月は栗田投げで反騰に転じた。

相場は皮肉に持って回る。ポケットの中身を覗かれているような気もする。腹だたしい事だ。

勝負師に限らず相場師はツキに見はなされたらもう駄目だ。四斗樽一杯の才能より盃一杯の運河、どれほど勝るか、はかりしれない。

相場の世界は冷徹である。遠巻きにして、活動している相場師のツキ、ツカヌを見守っている。

ついている相場師には、ちょうちんがつく。ちょうちんのついた相場師は、あたかも自分の力量以上に力があるような錯覚に陥るが、いずれは醒めて、はかなさを知る。天に向かいて長嘆息する。

つかない相場師には逆向かいされる。きのうの味方、きょうは敵。

なにがなんでも勝たねばならぬ世界だ。

相場の世界には新しい英雄が颯爽と登場し、悄然と消えていく。それがこの街の掟である。去る者、日日に疎しという。

芭蕉は「此道や行く人なしに秋の暮」と、もののあわれを吐き捨てた。

そして「あかあかと日はつれなくも秋の風」。「野ざらしを心に風のしむ身かな」―と泣いた。

相場で打たれた暗澹とした心の中を吹き抜ける。

頑強な抵抗線一万七千円を崩せず、再び小豆相場は高水準の三千円圏内での動きが活発になってきた。

降霜不安。秋の需要期。ホクレンの価格操作。悪材料出尽くし。値ごろ買い。玉整理完了。

市場人気が極端に弱くなったこと、即ち投げたあたりの売り込み。

相場は内部要因面からも反騰の態勢である。

●編集部注
当時の相場をリアルタイムで接していると「三千円も動けばそろそろ」と思うだろう。

実際そうのだがそう簡単な話ではなく、そこから「羹に懲りて膾を吹く」投資家心理が相場全体の振幅を歪めてしまう。

【昭和四九年九月五日小豆二月限大阪一万六八八〇円・三七〇円安/東京一万七〇〇〇円・二〇〇円安】