昭和の風林史(昭和四九年九月五日掲載分)

下値に抵抗力 叩けば強烈反騰

小豆の一万七千円は裸の値段だ。売り叩けば反発力がつく。千円戻し半値戻しが可能な相場だ。

「此の石に秋の光陰矢の如し 茅舎」

小豆相場の一万七千円は五月末から六月上旬の水準である。

当時の市場の人気は四月、五月の〝おおもみ合い〟で嫌気がさして、どちらかと言えば弱かった。

六月10日、時の記念日、気分的に底入れした。

六月20、21日とS高二発で惰眠を破り、八千円台の高原相場に突入し、本格的な天候相場に持ち込んで二万円目標、二万円必至の空気に包まれる。

七月土用の天候回復。

大阪穀取は天神祭で25日後場休会。他市場の高値を眺め次の日26日一気に買って、これが頭になった。

この夏をふり返ってみると手亡の連日S高が印象に残るぐらいで、これといった劇的場面はない。

小豆11月限で七月26日九千五百六十円(大阪)から九月二日の六千三百二十円まで日足線30本で三千二百三十円安。

相場はこのあたりで底入れした模様。

人気が沸騰するところなしの天候相場であった。在庫量と作柄回復と金詰まりの三つの要因が作用して市場を常に冷静たらしめたのだ。

従って、今の一万七千円という値段は、天候相場の人気分が消えただけの勘定である。

なおもこれを弱気して売り込んでくるようなら六月の時のような内部要因面からくる反騰につながるだろう。

下げ相場のしまいのところで桑名、静岡両仕手が投げ出した。雑豆輸入の大型発券に驚いた格好でもあるし、他商品相場の惨落と株式暴落も心理的に影響した。

こうやってふり返ってみると凄かったように見えた小豆の下げは、高値一万九千五百六十円の二割も下げていないのだ。

昔から米相場で高下とも五分一割に従いて、二割三割向う理をしれという。

一万九千五百六十円の二割安地点といえば11月限の一万五千六百四十円地点。

二割安に向かうなら、そのあたりから本格的に買えばよいわけだ。

しかし生産者コストの上昇や米価との比較などを考えると深刻小豆の一万七千円どころは、やはり大きな抵抗線である。

●編集部註
バタバタと相場退出者が出てきた。

こうなると、もうマカロニウェスタンではない。

サム・ペキンパー監督の『ワイルドバンチ』のような世界であろう。

【昭和四九年九月四日小豆二月限大阪一万七二五〇円・一九〇円安/東京一万七二〇〇円・二二〇円安】