存外頑強なり 八千円は鉄壁底
八千円幅を急騰してすぐ千円幅を下げた相場はまた千円ぐらいすぐ騰げることが出来る。
「はっきりと鉦叩又虫時雨 立子」
お盆休みも終わって、さあ仕事だ、と各取引員営業組織に一喝が入り、秋の風とともに檄も飛びビジネスが蘇(よみが)える。
天神祭りの終わった七月26日の朝寄り付きを頭にして千八百円幅を下げた小豆相場、八月8日立秋半値をS高まじりで戻した。
その相場が戻した分を再びジリ安して一万八千円どころ。
ここを弱気するなら少なくとも一万七千円割れを考えなくてはならない。
そのためには、いろいろな弱材料を並べて、自らも信念を持たなければならない。
まず作柄回復。収穫百四十万俵の九分作。産地と消費地の豊富な旧穀在庫量。高値買いつきの取り組み。そして日柄を昨年九月から数えて限界に来ているという見方。
それらは、いずれも説得力はあるけれ、まずは、もう市場の常識となっている手垢のついたものの考え方でもある。
では、強気だった山梨商事が、八月8日立秋の戻りで弱気に転じたことについて市場ではどう評価し、どう判断しているか。
『山梨の見方は一理あるし相場も、その通り千円ほど下げた。純枠相場論としては至極当然の転換かもしれないが、全国市場で常にその動向が注目されているという行動に対する意識は当然あるはずで、そこに霜村氏自信の相場判断と、山梨という看板を背負った店の手口と、また多くの顧客筋に対する方針転換の政治的配慮もあろう。しかし下村氏はこれまでのどの相場においても、常に時分の相場観に対しては、当たりはずれは別として信念を貫いてきた。その時点では桑名も静岡も帯広も、いわゆる筋々が積極的な強気に転換したのを眺めて、この相場駄目だと判断したのかもしれないし、今でも、そう信じているのかもしれないが、一万八千円が、叩いても売っても鉄壁の底値と感ずれば前言にこだわらず、さらりと転換出来る相場師である。彼は相場をゲームとして処理していけるタイプではなく、いつも真剣勝負で相対している。売って駄目だと見きわめれば抜く手も見せず転換して世間を唖然たらしめる事も充分にあろう。』
●編集部注
暑さ寒さも彼岸まで。彼岸天井彼岸底。季節の変わり目は相場の節目。
関西には、天神祭りが相場の節目になりやすいというアノマリーがある。
行間からそのあたりのピリピリを感じて戴きたい。
【昭和四九年八月十九日小豆一月限大阪一万八五〇〇円・九〇円安/東京一万八五四〇円・三〇円安】