昭和の風林史 (昭和四九年八月九日掲載分)

また時間待ち 急騰なら戻り天井

九千円中心の相場から戻り天井型になるか、新しい大直り相場に持ち込むかの分岐点に来ている。

「秋たつや何におどろく陰陽師 蕪村」

小豆の輸入発券が延期されたと伝わり、また産地の降雨が開花期の作況に影響しそうだ―という材料をひっかけて小豆もストップ高を付けたわけだが、西市場では〝手がよい〟と言われる脇田が売りポジションから買いに転換したことも注目された。

総体に玄人筋は安値を利食いし目先やや強気だ。

夏が短かい。秋雨前線が居座りそうだという天候見通しにもよるだろうが、一万八千円以下には(作が決定するまで)叩けないという諸物価等との比較観や生産者コストの上昇など古品一万六千円、新穀一万八千円は底値という考え方が常識になっているからだ。

およそこれで半値戻しである。下げる時にあけた下の空間窓は埋めた。

そして、7日にS高で立てた強力な陽線は、小豆のチャートを一変させるものがあった。

8日は当然利食いが入って押すところで、絵に書いたような線型だが、これでちゃんと、もとの圏内に相場がはまって新穀一万九千円の安定帯に位置しているし、旧穀も一万六千五百円圏に、きちっと入っている。

こうなってくると市場人気は遠い存在と諦めかけていた二万円相場が存外捨てたものでもない―と、考え方も違ってくる。

問題は依然としてこれからの産地天候と作柄である。果たしてどれほど作柄が進んだのであろうか。もちろんいろいろ言われるが本当は誰にも判らない。

相場は相場に聞けで、相場面から見るならばS高が出来るという、その事態を評価せねばならない。あの時点(5日)での市場雰囲気は、もう一発のS安崩れがあってもおかしくないような暗澹としたものだったから、よけいにそう思う。

それで、ここからの考え方としては仮りに一万九千七、八百円まで戻して26円(大阪)の高値を抜くか抜かぬかのあたりは警戒を要する。時として戻り天井になる地点だけに、その時点での天候見通しが大きなポイントになろう。無難なのは九千円中心の逆張り方針。大きく見るなら八月下旬からの二万円だいでの乱戦。勝負師は二万円から売り上がり。

●編集部註
 この日は長崎原爆の日として人口に膾炙する。

 しかし、戦中派、とりわけ満州にいた人にとってはソ連が対日参戦した日として忘れられない日。当時業界に満州帰りの人は結構いたのではないか。

【昭和四九年八月八日小豆一月限大阪一万九一五〇円・一〇〇円高/東京一万八九一〇円・七〇円安】