買いあるのみ 作柄と相場は別
手亡は行く所まで行かざるを得ん。小豆は押し目を入れたあと大幅高騰を演じよう。強気不変。
「これよりの百日草の花一つ たかし」
山大商事の杉山重光社長と同社の関口営業部長。そして脇田の阿竹専務が『バカンスだよ。ゴルフやりに来たのだよ。豆の畠は、そんなに回っちゃいないよ』―と帯広の北海道明治の鈴木社長のところで週末朝の相場を眺めていた。
杉山氏は『この五、六日で作柄は直っている。手亡だって内地では下が赤くなりもう駄目だ―なんて言っているが冗談じゃないよ。花もつき始めたし作は直っているよ。日曜日は釧路でゴルフさ。きのう(26日)もゴルフよ。駄目だよ強気なんて書いたら』。
阿竹氏は『中間地帯は見ていないが日々作柄はよくなっている』―と。
丸五商事の伊藤徳三社長の自宅には早朝から産地の各場所の農家や業者から作柄のレポートがはいる。『どうなんだろうね。中間地帯の旱ばつも心配することはないと言ってくるし、帯広も徐々に回復していると報告があった。場所場所で随分違っている』―。
産地視察がこれから活発になる。豆の畠を土煙りあげてバラスをはじき突っ走っている車は顔なじみがぶつかる。やあ来ていたのですか?。そこで情報の交換がある。また行った先で、どこそこの誰がきのう来ました―などと言われる。どうも変な臭いがすると思ったなどと気心の知れた相場師仲間は軽い悪口を叩きあって胸の内は、それぞれ思惑を秘め、強気している人は悪い場所の印象を刻み込み、弱気している人は直った直ったと気をよくするわけだ。
相場が当たっている時は(見えている時は)産地を見てはいけないと言われる。畠を見たがため、相場勘が狂ってしまうことがある。
46年10月相場は、すでに相場が天井しているのに増山さんは凶作の畠を眺めてさらに強気になって逃げ場を失った。
どうやら杉山元帥の一行は弱気していたが相場が高い。面白くねえ、というので半ば気が持てず畠を見に来たが、作が直りつつあるのに気をよくしたところではなかろうか。そこで勢いに乗って売り玉を増やしてくると若い相場は押し目完了で再び火を噴くことだろう。
作柄の相場は時にして別の動きをするものだ。
筆者は強気方針でよいと判断している。
●編集部註
貴重な生の声である。
冒頭、歴史上の相場師が実際に「休むも相場」を思考し、実行している場面が描写されている。
【昭和四九年七月二七日小豆十二月限大阪一万九四八〇円・一七〇円安/東京一万九五三〇円・一四〇円安】