昭和の風林史(昭和五九年二月二八日掲載分)

制度政策絡み商品を敬遠

制度政策に絡む商品の市場は投機家に敬遠される。その傾向はますます高まろう。

東穀、大穀の小豆片建取組表を見るとスカスカして風通しがよい。

商いの薄い日は東穀で千枚を割る始末。

一部の人を除いて今の小豆相場も小豆市場も判りにくいから敬遠される。

相場の流れはどちらを向いているのか。傾向としては逆ザヤがどこまで続き、そのあとどのような格好で解消するのか、それともせんのか。勢いというものが目下のところ見当たらないがほぼ一ヵ月続いてきた逆張り的高下運動が、どこで終わるのか。

納会の日るごとに当限売り方は踏まされてきた。今月は名古屋の市場で前日比千五百二十円高というスクイズが話題になった。

そして三月限も取り組み面では買い方の制空権下にある。しかも四月限まで『買い方の言いなりになる相場だ』と豪語されているそうだ。

次期枠絡み即ち早期発券のあるなし、枠の拡大あるかどうか。そして中国、台湾の売り値段と、売ってくる数量―これらが一にかかって相場の将来を決める要素だけに、一般の投機家には小豆にポジションを持つにはリスクが大きい。

それよりも輸入大豆のほうがまだ損しても納得がいくという風潮である。

大衆投機家は相場に制度のからむものを敬遠しだした。その典型が生糸市場であり、精糖市場である。また昨今では小豆が制度下における市場になった。

東京シルバーが人気を高めているもの要するに制度政策にかかわりなく市場が機能するからである。

相場世界で『政策は信ずべし・されど信ずるべからず』という。官僚はルールによって制度政策を維持する。それが仮りに害の大きいものであろうと、一朝にして変更できない。だから時間差を生じる。そこのところに難解さがある。

●編集部註
 先般、ツイッターのタイムラインを賑わせた写真の一つに、品川駅の西口と東口を結ぶ大きな通路をギッシリと埋め尽くし、黙々と一方向に進むほぼ全員マスク姿のサラリーマン達を俯瞰で撮った写真がある。ついたタイトルはリビングデッド(生ける屍)。まさしくこれはジョージ・A・ロメロが1968年に発表した「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」にかかっている。所謂「ゾンビ映画」の元祖というべき作品だ。
 中国では「ゾンビ企業」が問題となっているが、今回の記述は、小豆相場が日本の商品先物市場における「ゾンビ銘柄」になろうとしている瞬間を切り取った者として考えると味わい深い。この時、まだゾンビウィルスに感染したばかりと言えよう。