昭和の風林史(昭和五八年七月一日掲載分)

その速きこと風のごとし

輸大は五千円を取りに走るところ。小豆は基調まったく不変。淡々とした波動。

輸入大豆にきた。予想外の作付け面積の減少だった。

シカゴは投げたあとの総投げと売り叩きだからこの材料の反応は強烈であろう。

やはりシカゴは、あの安値にきてのきつい下げは大底をとるためのものであった。

さあ号砲一発これから天候相場に入る。減反による需給見直しと、はらはらさせる天候の推移によって、シカゴは燃えよう。

当社では来月九日から伊藤英治記者をシカゴに派遣し、向こうの畑を視察する。その時分は多分、穀取輸大相場が熱気を帯び、白熱化しているだろう。

刻々現地からテレックスでホットな産地情報を送稿する。

この輸大相場は七月中に五千円をマークしているだろう。かなり安値の取り組みであり、底練り十分、しかも綺麗なWボトム(底)である。

大衆投機筋には力がついているから地鳴りして新値街道を行く。

とりあえず五千円と見ているが、トレンドは六千円の可能性が濃いのだ。

小豆のほうは、またいうことなしの続伸S高場面を迎えた。

値がゆるんだところで弱気が売った。その分が全部エネルギーになった。

押した(先限)千百円分の倍返しなら三万四千三百で三倍返しが三万五千四百だから、まるで絵に描いたような判りやすい動き。

先限は千円棒を入れたが古品限月は一息入れただけというあたりが、この相場の前途を暗示している。

渡し物薄で、いずれ大逆ザヤになりかねない。

産地天気は七月上旬また雨が多い。

とにかく昭和最悪の北海道である。だから、こんな相場見たこともない―という場面が七月に実現するのである。

●編集部註
 記者を海外に派遣するとは豪勢な話である。
 まだこの頃はバブルに入っていない。ただ今のようにネットで世界中がつながっておらず、記者が足で現地でネタをとってくる必要があった。
 いまは「コタツ記事」が全盛。これもネットの功罪の一つと言える。
 風林火山もシカゴに飛んで、その模様を一冊の本にまとめている。記録としては残っているが。現在弊社にはない。
 以前、筆者が勤めていた商品会社が社屋を移転するにあたり、書庫の整理を任された事が。70年代以前の相場関係の書籍も眠っており、貴重な体験をさせてもらった。
 その時、このシカゴ見聞記の原本を手にした事がある。泣く泣く処分したが、まさか投資日報にも残っていないとは知らなかったので実に惜しい事をしたものである。