昭和の風林史(昭和五七年十月十八日掲載分)

煎れたら輸大も天井打つ

輸大は、かなり煎れが出た。反落に転ずると真空逆さ落としになる。小豆は微妙。

輸入大豆当限の棒立ちは典型的な煎れ相場である。

大阪当限は八月17日安値三千七百七十円から二千五十円高。

線型は三段上げの最終的踏み上げ化け線。特に今月五日からの連続陽線一気に千百円幅を買った勢いは、売り方失神である。

旧穀の需給逼迫と売り過ぎた取り組み。強力買い仕手の作戦勝ち。

思えば叩かれ叩かれてきた買い大手だった。恨みは骨髄にしみている。

遺恨なり十年一剣を磨いてきた格好。

環境としては商社の体力が弱っていることや、商社の穀取離れが素地としてある。

輸大に限ってスクイズなど成功するためしがないという安心売りも災いした。

しかし、ここまできたら、穀取相場の当限大幅逆ザヤが影響するところ大である。取引所は増証規制を打ち出し異常性の鎮静化に乗り出した。

今年の夏には小豆市場で大不祥事件を起こしている。いままた輸大市場で世間の非難を浴びるようなことがあっては、先物取引に対する不信感はつのるばかり。

売り過ぎたとがめであり、需給逼迫に違いないが、実需が手の出ない値段ともなれば、売り方も煎れ、買い方も玉を合わせ鉾を納める段階であろう。

現在、生糸市場では売りと買いの大きな玉が対峙したまま商いたるや微々、手の出しようがない。

市場がこうなってしまうと取引所機能が麻痺して市場利用者も投機家も寄りつかなくなる。

取引所も主務省も、この異常性を解消すべく努力を続け、売り方、買い方また自粛の姿であるが利害の伴うことだけに難航した。

しかし、輸大にしろ、生糸にしろ大衆はシラケてしまった。本当は、これが怖いのである。

●編集部註
サラリと「商社の穀取離れ」と書いているが、これがどのような恐ろしい結果になったかは、今これを読んでいる取引関係者は痛感していると思う。値決めは重要なのだ。
 悪貨は良貨を駆逐する、とはよく言ったもので、本来市場(しじょう)は適正な取引を行う場所であり、流通を円滑化し、国民の生活を安定化するためにある。投機はその手段に過ぎず、前面に出過ぎるとロクな事がない。
ただの博打場になっては困るのだ。そのため悪用者をしっかり取り締まり、監督する必要がある。実際、米国のCFTC(商品先物取引委員会)にはFBIから出向組もいるという。優秀な審判は、日本にいたのだろうか…。