昭和の風林史(昭和五七年九月二日掲載分)

輸大期近、大相場の様相

輸大期近三本限月はここから千丁高しても当然という大相場だ。小豆は上値あり。

市場で話題になるような筋の玉が煎れたり投げたりすると、相場はひとまず区切りをつける。

静岡筋の小豆買い玉が投げ終ったから灰汁抜け観。それと二万九千五百円以下は、なんぼなんでも殺生な値ということになる。

市場は豊作ムードが高まり総弱気。ところが九月の天気予報をみると、心配させるところがあるし、台風15号も目を離せない。

そんなこんなで大台回復。これで31日安値は底を入れたという見方と、あくまで単なる戻りに過ぎず、三万五百円から七、八百円あたりは再び売り場。筆者は後者の見方である。

多分、来週明け早々に北海道のお天気か台風15号関係の買わせる材料、強気にさせる材料出現で、目標値を出しきるだろう。

きのうも言うように、今の小豆買いは強気して買うのではない。売らんがための買いで、いわば行きがけの駄賃である。

多分三万五、六百円で買う気にさせる。これは相場の魔性である。買ったが最後、泣かされる。そこは売るところであるからだ。

輸入大豆のほうは期近限月火柱高の様相。

利食い千人力で早々と利食うのは、この大きな相場がみえないからだ。

いまの足取りからすれば、とんでもない大相場である。

一般はどうしても先のほうの限月を買うけれど、間違いのないのは前三本9・10・11限。これは完全な組み上げ相場に発展するから、まだまだ七百丁ぐらいはゆっくり上値を残す。

とはいえど、理くつがつくから素直に買えない。

この、素直に買えないところが相場の妙で、辛抱たまらず遂に買ったところが天井ということになる。

理くつの多い人、わだかまりの多い人、あきません。
●編集部註
 段々とではあるが、筆致や記述のスタンスが平成の風林火山とシンクロしている印象を覚えるのは筆者だけであろうか。
 平成の御代からこの文章を見ていると、なかなかどうして昭和の風林火山はよりラディカルで、よりロジカルである。わだかまりは多くはないものの、理くつは多い人であるという印象は強い。
 そこは、人間力と教養の高さなのだなと思う。
 本来相場は、ある意味不確定性原理に基づいて動いている。ロジックでどうこうという問題ではない。その矛盾とどう折り合うかが問題なのだ。