昭和の風林史(昭和五七年五月二十日掲載分)

ここからは買い屋の器量

ここまでは判る。問題はこれからの買い屋に哲学があるか?だ。野武士戦法通用せず。

ここまでは下げの反動を活用して一気の棒立ち、失地回復、勢いだったが、三千円台は少し道が険しくなる。

テクニカル要素よりもファンダメンタルズ面のウエイトが、水準が高くなるほど比重を占めだす。

約15万俵の小豆が今月入荷する。判っていても重圧に違いない。

作付け面積は30%ほど増反になりそう。お天気のほうは大変よろしい。

こうなると人気要素は青田ほめに傾斜する。

買い方は、この山道を重い荷を背負って登るわけだ。

納会は受ける。現物を抱く事は、負(ふ)の要因である。受けなくて黒板の上で片づけるのが孫子兵法でいう百戦危うからず―上兵は城を攻めずであるが、やむを得ない。

取り組みは急増したが18日急減した。この日の出来高東西一万四千六百枚は、出来たほうで、煎れました。利食いしましたである。ただ、相場は若いということと底が入っている。

だから大下げはないだろう。さりとて気持ちよくトントンと上にも行きにくい。人気がどちらに傾くか。買うための刺激材料が今のところ見当たらない。

だから買い屋の力仕事になる。来る日、来る日、苦力の努力である。

場は閑になるかもしれない。売るのは怖いし、買うのも、しんどい。

芯のある売り屋は多分煎れない。それは哲学があるからだ。まさしく赤壁之戦(十八史略)である。

首の皮一枚を残して買い屋は自陣に逃げ込んだが買い屋の馬は走り過ぎて汗みづくの疲労。もうあと一里、四千円圏に、気はあせれど兵は進まず。

この時、大挙して売り屋千騎出ずれば激闘火を見るよりも明らか。

買い屋に天運ありや。

●編集部註
 今回の風林火山の文章は「活字小豆相場」になっている。単なる値動きが、買い方と売り方による攻防戦と化し、三国志に準え、さながら軍記物の講談のようになっている。それは、井上義啓が創り上げた「活字プロレス」の世界に匹敵する。両方とも大阪発の新聞であったという点が興味深い。
 この頃、アルゼンチンと英国が3月から本当に戦争をしていた。小豆相場とは縁もゆかりもないはずなのに、戦局の節目と相場の動きがリンクしているのが面白い。
 当初、英国がやられていた。5月から反撃に転じ、6月に英国の勝利で終わる。小豆相場も5月から反転上昇に転じるも、上げトレンドは6月に終わり、崩落の道に向かう。