昭和の風林史(昭和五七年二月十日掲載分)

相場が相場を壊す地点が

玉負けの売り方は相場自身の疲れを待つしかない。相場が相場を壊す地点があるはず。

節分が過ぎて九紫火星戌の年になり、月は五黄土星の寅。

ホテルの火事や航空機事故など、おだやかだった一月とは、うってかわって惨事が続く。

小豆相場のほうも一月下旬から、にわかに荒々しくなった。

相場の基調は緩まない。こういう足取りが売って引かされている人にとっては一番こたえる。

値頃が値頃だし、時期が時期だけに踏みにくい。

気がついたら千円、千五百円幅がやられている。

大阪先限六千百円は三分の二戻し地点。

夏は人気相場で、春は実勢相場。在庫がたまらないから、期近限月は軽い。しかも安値の売り込み玉が煎れているから、買い方は実に楽な戦いである。

誰もが、押し目を入れてよいところと見る。

押しても浅いという考えが支配している。

相場基調に、なんの変化もないという強味。

しかしどこかでこの相場も天井する。現物の売れ行きは非常に悪い。それなのに高いということは理想買いである。

もう一ツは、売り方の玉負けだ。買い方の市場での力が売り方に勝っているのだから、持っていかれても仕方ない。

これは理屈ではないですよという。乾繭相場だって、見てごらん。政府の意向ですね。

小豆も作付け面積の増反運動の一環でしょう。

曲がっている側は不利なポジションから離脱するか、男は黙って忍の一字のどちらかしかない。

気やすめ、神だのみ、毎日が地獄の苦しみである。

●編集部註
 小豆相場に限らず、商品先物取引の悲しみは取引に期限がある事である。
 今でこそ限月のない金や白金が日本でも上場されているが、農産品はそうはいかない、砂糖のように劣化しにくい銘柄は別にして、旧穀と新穀など限月間の価格差やそれに関連するサヤの変動に注意しなければならない。 元来、穀物相場は綺麗な周期性がチャートに現れる事が少なくない。この周期性に則って実際に取引参入するも、取引限月やサヤの変動で時間切れとなり、泣く泣く玉を処分してしまった経験をした相場師は、存外少なくないと思われる。
 そんな相場師の悲しみなど知るよしもなく、チャートは綺麗なシグナルを描く。この日の高値がしばらく続いた小豆の上げ相場の終わりの始まりであるという事を知っている人は、この時誰も知らない。翌年夏前にいったん急騰するものの、その上げは長くは続かず、1985年12月まで下落が続く。この時の最安値は東京市場で9970円。下落率44.9%である。