昭和の風林史(昭和五四年十二月二十四日掲載分)

“狂乱の時代”に遭遇!

「かつていや現代でもわが国の社会構造は、老、壮、青、つまり老年は御意見番、壮年は判断そして青年は実務―という図式が厳然と存在していると思う。しかし、今後は老、壮、青の三者が力を合わさないと時代の流れについていけないのではないか。私は一九六〇年代は均衡と安定の時代、七〇年代は激動の時代、八〇年代は〝狂激〟の時代と了解している」(某商社部長談話)。米・イ経済戦争が象徴するように咋今の国際緊張の高まりは世界的なお祭りムード(クリスマス)を吹き飛ばしつつある。
OPEC総会で原油価格の統一は実現せず、二重、三重価格の色彩を強めただけに米国主要農産物価格にも同様の現象が生じないとも限らない。その時、シカゴ定期がどのように機能するのか、あるいは米国政府が食糧を武器として行使するのか、情勢は極めて流動的と言える。

イラン政府が預金引き上げ(八億~一〇億㌦=推定)をわが国に通告、為替関係者の間では再度、円安との見方が芽生えている。
米国とイランの谷間に位置する日本にとってひとたび操縦を誤ればその影響は甚大だ。「輸入大豆はどちらを向いているのかと聞かれても答えようがない」(某商社)のが現状であり、国際情勢抜きに相場を語れなくなったことだけは確かなようだ。

様変わり人気
小豆 納会模様を好感した根強い買い気が続いている。余りものに値なしが一転見直しにつながったのだから、人気の一八〇度転換も判る。
深刻な石油情勢、インフレ時代とあれば妥当な小豆価格の基準判断が変わっても不思議はない。弱気は「安値のヒネ現物により、新穀が割高視される」としていたが、それが崩れた以上、反動高は当然のところ。
この戻りでホクレンのつなぎが警戒されるが、取り組み面からは俄然、買い方優位に立ってきた。下値切り上げ二万四千円が底値に―。

●編集部註
 この頃、テレビでソビエトによるアフガニスタン侵攻のニュースを見て「有事の金」と連想した人は少なくないと思う。日本にも公設市場があれば、と考えた業界関係者は少なくない。海の向こうでは金相場が連騰中。今の日経平均やNYダウのような上昇に次ぐ上昇を見せていた。
 しかし「先物相場」というフレーズはあまりポジティブなイメージが持たれなかったと記憶している。株式よりも「手を出した」というフレーズと一緒に語られる回数が多かった思う。
 このようなニュースを受け〝市場価格の平準化〟の名の下先物市場を拡充しておけば、日本は多分金融立国になっていた。
 小物は目先の利権と小金にしか興味がなかった。