昭和の風林史(昭和五四年七月十六日掲載分)

先生の碁 勝を勝ちきるには

四千円台は売り上がりたい人。二千五百円以下を買いたい人。小豆相場はこれからである。

「萍を岸につなぐや蜘の絲 千代女」

フライビーンズをつまみながら先生は碁を打っている。入れかわり立ちかわり阿波座の小鬼たちが出入りしたり、碁の成り行きを見守ったり。

相談を持ってくる人。報告に参ずる人。注文をもらいにくる人。

星取表を見ると、きょうの先生はよくないし、今打っている碁も、かなり開いているみたいだ。それでも一目、二目と先手、先手で稼いで御座る。

阿波座の小鬼が『二番「(二十目足りない)ですか』という。先生は『馬鹿。勝ちだよ』という。

『君たち、大損するだろ。一度に取り返そうとするから駄目だ』。

先生は、確かに碁を打っては、四番(40目)、五番(50目)負けていても、二目、三目と取り戻しにいく。勝負を投げないところが立派である。

(―と書くと、投げるわけに、いかんのだよ、と、この碁のルールを知らない小生に説明してくれる人がいるかもしれない)。

阿波座の小鬼の一人に、『君が損した、あの二億円というお金は大きなお金だよ。日歩5銭でまわしてみ、大変な金額だ』。

先生は、かつて買い占めに失敗し、大損したことがある。

先生は仕上げがへただ―と小鬼が言う。玉を仕込む時は五枚、五枚でもいいですが、ココ―という仕上げの急所でも、五枚、五枚、あれはいただけません。

『なにぬかす。あれがわしの流儀だ』。あれだけ開いていた碁が、いつの間にか、コミにかかっている。

先生は去年から、コツコツと、大損した分を取り戻し、阿波座の小鬼の一人に言わせれば、あの時の損分は十分取り戻しているはずだと言う。

先生は『馬鹿ぬかせ』と大きな声で言った。先生はお行儀も悪いけれど言葉も悪い。阿波座の小鬼たちはそこのところが、また魅力らしい。

先生は小豆相場の大暴落で毎日が御機嫌だったが、利入れするのも五枚、五枚だから時間を食っている。

阿波座の小鬼は、そういう先生が歯がゆい。

先生は、東京の近しい先輩に、『どうも心配で、心配で―』と洩らしている。折角の利益が、はげてしまうのが心配なのか、それとも自分の玉が狙われるのが心配なのか、それは判らぬが、勝を逃がす碁の多いことも小鬼たちの危惧するところだ。

●編集部註
 忙中、閑あり―。

 昔の方が良かった、とは言わないが、商品、証券、外為を問わず、良くも悪くも取引自体が全体的に今の方がせわしいというか、せせこましいというか、余裕がなくなっている気がする。

 熟慮断行の熟慮が出来なくなっているような…。