昭和の風林史(昭和五八年十二月二十日掲載分)

2020年01月15日

売り玉は忍の一字の辛抱

小豆は依然売り込んだ取り組みを煽られ、商い細りが小口煎れで売り玉厳しい。

小豆は薄商いである。その各節で煽りめいた手がふられ、いかにも強い相場と映る。実収高の発表数字を逆手にとられた格好の中で今後の政局不安と自由化問題など相場の見通しも難しい。

師走選挙の自民党は角栄勝って万骨枯るの図だった。景気のほうも、なんとか回復の兆しが見えてきた時に、今後に予想される政局混迷は国民経済にとって決してプラスとはいえない。貿易摩擦はエスカレートし、内需は更に冷え込み、日本経済は苦しい方向に向かうことになる。

さて場面は臨時枠の発券はないという判断で(実収高が予想より増加したため)二月限、三月限と買い戦線を拡大してきた。

買い方が一番怖いのは自由化の声と輸入枠の拡大であり、次期枠決定までに臨時枠を組まれることであった。自民党大敗で自由化は遠のくという短絡な予想がなされたが、次はアメリカ大統領選挙。向こうも必死である。日本の選挙中は黙っていたのだから、借りを返せと、きつく迫ろう。

いずれにしろ相場が強いのは、買い方の勢力が仕勝っているのだから逆らえない。買うだけ買う、燃えるだけ燃えるのを息を殺して待つだけである。

そのうち力をつけた野党側が雑豆IQ商社の暴利を追求する場面も出てくることで、いつまでも大逆ザヤが続くことはない。

売り玉は、とことん頑張っていくべきだと思うが、人によっては資力的に気力的に戦線離脱せざるを得ないのは、これまたやむを得ない。

相場は生き残りのゲームである。むやみに喜ぶなと同様、むやみに悲観するなである。ニヒルのたがが緩んだとたんに斬られるもので売り方、買い方、これは相場する人間皆いえることである。

●編集部註
 ここでも以前の当欄で解説した〝ロッキード選挙〟の話が出て来る。
 新潟県民の恩讐というべきか、他県民の目は冷ややかであった印象を当時覚えている。マスコミも田中角栄が総理就任時は持ち上げておいて、掌返しで叩き出した。
 故に、今から数年前に起こった田中角栄再評価のブームを冷ややかな目で見ていた。特に角栄礼賛的な書籍が文芸春秋から出ているのを見て呆れた。と同時に嗚呼、当節は出版不況なのだなと感じた次第である。
 さて、1984年は米国で大統領選があった。ここでレーガンが再選される。選挙手法等を見ると、トランプはレーガンになりたがっているように見える。私見だが、彼はレーガンよりフーヴァ ーのようになる気がしているのだが。果たして彼は再選されるのだろうか。