昭和の風林史(昭和五八年十月一三日掲載分)

2019年10月30日

夏の疲れが徐々に出る頃

投機意欲をかきたてるマインドが薄れ玉は踊らず夏の疲れもドッと出てきたようだ。

小豆は買わなきゃいかんのに買えない―という感じ。

目先もう五、六百円上に行ってしかるべき環境(材料)なのに重たい―というわけだ。

ここでモタつくと悪い格好になる。千円下げてもう一回考えるところか。

輸入枠を気にしているのは当然で、強気は強気、弱気は弱気、それぞれ都合のよい数字を頭に置いている。商いのほうは極端に細く動機づく材料としては輸入枠の数字次第。

目下のところ強気買い方は当然としても弱気売り方も、ここでは下げずに上千丁、先二本の三万三千円あたりがほしい。

期近二本の取り組みや現物事情は、誰かが〝仕事〟をすれば、かなり舞い上がるバランスになっていて、当限納会から前に回る11限は怖さを秘めているわけだ。

そのようなことから乾坤一擲前二本やる気で買ってくれて、先のほうも、つれ高の三万三千円コースに走れば、これぞ絶好の売り場になるわけ。

自分で相場を頭の中でつくってはいけないが、あり得ること、可能性の問題として、こうなれば、ああなり、ああなりゃ、こうするという段取りは必要。

いま逆に、ここでストトンと先限千丁も下げたらどうか。その時の需給観とT社筋の買い玉動向がキーポイントになるわけで、上千丁ならよいけれど下千丁では売り場を失して困る。

輸入大豆のほうはこれも米農務省の生産予想発表待ち。シカゴ罫線は八㌦割れへの落下エネルギーをためている姿みたいだ。

穀取輸大は手口が急に細くなった。投機家の夏の疲れが出ている。売り方は踏まされ、買い方は高値掴みで、玉が踊らない。

ゴム、精粗糖にしても玉回転が止まった。そして新規仕掛けに妙味ある商品がいまはない。閑も当然。

●編集部註
 買わなきゃいけないのに買えない理由は2つ。物理的に相場を張る資金が足りぬ、あるいはない。そうでなければ「相場を張る勇気がない」のどちらかであると、経験則上筆者自身は思っている。
 「私が買えば相場が上がり、売れば下がりだす」と嘯くプレーヤーに筆者はお会いした事がない。逆の事を言う人は、星の数ほどお会いした。
 長年相場と対峙していると、何らかの〝ゾーン〟に入る時がある。しかしここで過去実際に動いた場合の経験則が、相場師の行動を阻むのだ。
 そして動かなければ、読み通りの展開になる事のなんと多い事か。
 皮肉なものである。