昭和の風林史(昭和五八年十二月十六日掲載分)

2020年01月09日

最も苦しいところが山だ

売り玉の難所は今週一杯続くかもしれないが耐えがたきを耐えるのも相場の妙味だ。

小豆売り玉は〝お辛〟の時代である。

前二本から煽られてはパラパラと煎れざるを得ない。

商いの薄い市場で陽動の手が振られ値がセリ上がって行くと、売り玉、本当に気が持てなくなるもので、年末だから早い目に踏んでいた。

高値掴みで辛抱していた買い玉の追証がほどけて、前途に光明が見出され、長い〝お辛〟の時代だった買い方にクリスマス・プレゼントを、もたらすかの如きここ両日だった。

だから売り玉だって辛抱しておれば、また気分のよい日がくる。

吉凶は糾(あざな)える縄の如しといって、前後して繰り返される。

相場もそれと同じである。

実収高発表のあとはすぐに当限納会がきて、もう年内も残り少なく、逃げの態勢に入る。

納会は一月限がこんなに強いのだから11月みたいなことになるだろうと誰もが思うようになり、二月限も一月限同様、売り玉踏まされる運命下にあると、信じ込まされるような展開になるあたりが売り方にとっては最も厳しい。

相場は最も強そうに見るところで踏まされるものである。その時の出来高は急増する。

やはり売り込んだ取り組みのとがめである。

これで期近の売りが一巡踏んで、そこそこの出来高を記録すれば内部要因面が変化する。辛抱組は、雲行きの変わるのを姿勢を低くして耐えるだけである。

耐えることができないのは①満玉(まんぎょく)手一杯の玉を張るから、②相場観を持っていない、③人気に煽られる―からで冬ごもりをきめ込んでしまえば来週20日頃には、頭の上の石も落ちるだろう。

相場の醍醐味は難玉がほぐれだす時で、これこそ価(あたい)千金。

●編集部註
 ロジカルシンキングとその思考を解り易い文章で表現する―これぞ相場記事のお手本というべき文章である。文章を綴ってご飯を食べている人間として、かくありたいものである。おべっかではない。遣う相手は、もうこの世にいないのだから。
 この頃は、まだ狂乱のバブル前である。クリスマスも乱痴気騒ぎにはなっておらず、60年代から70年代にかけて公開された東宝のサラリーマン映画で出て来るクリスマスに毛が生えたものと考えると分かり易い。
 むしろ80年代は、高度成長期とバブルの狭間で若干〝ショボかった〟印象を今になって覚える。やはり石油ショックの影響が大きかったのだろう。
ただ、バブルを眺めていた世代から見ると、80年代はちょうど良い塩梅だ。