昭和の風林史(昭和五八年十二月二十七日掲載分)

2020年01月22日

売り屋の正月は旧でいけ

できぬ辛抱するが辛抱。一生のうちに正月ができない時だってあろうというもの。

明日大納会。小豆の基調は堅調そのもので、一月限に渡し物がない以上、年が明けても今までの流れと変わるところがないし、新春は暴走してしまうかもしれないという見方が一般化した。

また、大逆ザヤのサヤ修正は先限が期近の水準に寄ってくるという見方で売っている人達は気の重いお正月になりそうだ。

それにしても売り辛抱組は声が出ない。今年のことは今年のことで売り玉煎れてしまう人。いや、せいぜい一月半ばまでの波動だろうから追証を積んで持久戦に持ち込もうという人。

逆境組の心理状態はギリギリのところまで完全にきている。

買い方は玉の回転が利いて、しかも新春高は絶対の絶という確信があるから、買い玉を越年させればよいというムードである。

取り組みは減少傾向である。逆ウォッチのチャートでいえば、取り組み減少しながら相場高は、昇りつめた竜の姿で、このあとワッと高い場面の出来高増大場所あれば転機になる。

臨時枠の問題とか次期枠の拡大、あるいは自由化問題など、すべては来春に持ち越しで、売り方は冬ごもりするしかない。

大寒波襲来は大連港の積み出しに影響をもたらす。

まさしく売り方は四面楚歌で気やすめになるようなものは、なに一ツないから、変化がくるとすれば恐らく内部要因面からであろう。

思えば人並みの正月などできない小豆売り方であるが、一生のうちに二度、三度、正月できない年もあろう。それが嫌なら相場から足を洗うことである。

逆境の時は泰然たり。待てば海路の日和かな。辛抱する木に花が咲く。恐らく旧の正月は、うま酒の一杯もやれるだろう。人間、銭のないのは首のないのも一緒だが、銭は天下の回り物。

●編集部註
 逆ウォッチ曲線とは懐かしい。無礼を承知で言うが、現在このテクニカル手法を駆使する投資家は何人いるか。商品先物では皆無ではないか。
 このテクニカルは、出来高と切っても切れない関係がある。言い換えれば商いのない銘柄にこのテクニカルは使えない。瀕死の白鳥と化した令和の穀物市場に、この手法は全く使えないのだ。
 その反面、バブルと化している現在の株式市場には存外使えるかも…。
 相場はホイッスルと共にノーサイドとなるゲームではない。むしろ自ら終了を宣言する将棋のエンディングに近い。異なるのは、負けだけでなく勝ちも宣言し、感想戦を行わない点であろうか。