昭和の風林史(昭和五八年十二月九日掲載分)

2019年12月26日

判りやすい売り一本の道

来週の小豆は当限から崩れるだろう。買い玉が投げきっていないから下げは深い。

小豆は売り安心になった分だけ安値売りの玉に罰金をかけるようなところだったが、ほんのちょっとの間の精神的心配だけで来週から再び下り坂に入るだろう。

考えが決まっていない人は、またフラつくところで、そんなに心配せんでよいのに、なぜ狼狽する。

目先の強張りは、来週からの大下げ波動をつくらんがためのもの。トレンド待ちである。

真偽のほどはさだかでないが、来年四月から小豆等の輸入関税五割引き下げの可能性ありという説も聞かれる。輸入自由化問題がどこまでもくすぶる。

一方、東北六県の内地産小豆の存在を相場する人達は忘れてしまったようで、北海道の57年産古品在庫にしても零になったわけでない。

新穀の輸入成約ができていないから一月限、二月限は時限爆弾のようなものというけれど、現物古品が市中にあふれていては、一、二限玉締めしても、世間の批判を浴びることになり敢えて重たい現物を抱く人もいないだろう。

要するに誰かがやってくれるのを待つ格好で、自分はうまく逃げたい心算。

恐らくこの相場は当限から本格的な崩れに入って、一月限の野中の一本杉も伐採されて三万円そこそこの水準。その時三、四、五月限などは石を抱いて野に伏して二万五千円行きのパニックであろう。

買い玉持つな、売りあるのみといっても、買いたい気持ちは薄けれど、いかにせん高圧鉄柱の上のほうに玉がひっかかって、これが気になる様子だ。

なぜこの相場崩れるか。それは日柄によってバランスの均衡が破れるからだ。夜道に日は暮れない―と言っているのに売るのを怖がる。だからよいのかもしれないと思った。

●編集部註
 〝なぜこの相場崩れるか。それは日柄によってバランスの均衡が破れるからだ〟とは、けだし名言である。
 「相場読むより日柄読め」という格言があるが、弊社の様に相場の「日柄=サイクル」でご飯を食べており、勉強会の席でこれをもじって「日柄は相場の嫁である」とやり、どん滑りした身としても重要な言葉である。
 この日柄にテクニカルや「マーケットタイミング」と呼ばれる分析手法の一部にアストロロジーを加えたものが、レイモンド・メリマンの相場分析法である。
 ちょうどこの頃は、メリマン氏がアナリストとして売り出し中。この3年後、彼はある投資会社の要職に就く事になる。