昭和の風林史(昭和五八年十二月一日掲載分)

2019年12月17日

たった三枚の商いでした

東穀前場三節小豆先限出来高三枚。この節は37枚の商い。閑中に閑あれば動来たる。

枯野行き橋渡りまた枯野行く。この場合の橋は芒(すすき)の穂の枯れた中に架かっている水のない小川の橋が目に浮かぶ風生の句である。

小豆相場の各節を聞いていると淡々として、まさしく枯野の中を行く感じである。蕪村は石に日の入る枯野を見た。芭蕉の病床は夢が枯野をかけ回る。東穀37枚の枯野。

売りの玉も、買いの玉も引かされている玉という玉は蕭條としている。

しかし、きょうから師走入りで、変化がありそう。

どんな変化があるのか?それは需給の緩みが表面に出てくる動きだと思う。

売ってじっとしている玉も、買って黙然としている玉も、一日一日、日が過ぎていく運命に身をゆだねていた。

一場の出来高二ケタ。二〇〇秒以内で立会い終わる。

無気味な静けさとでもいうべきか。人馬進まず人語らず、電話もこわれたようにかかってこない。それは色彩のない世界である。時間の止まった世界のようでもある。

長い経験からいうと、珍しいけれど、こんな場面もある。そしてそのあとに静の極から破に移行する。

破は動である。動は動を呼ぶ。静なること長ければ、動また激なり。

輸入大豆はどうかという。シカゴは止まったと見る。すくなくとも下値の見定めはついたはずだ。

一将功成り万骨枯るの83年シカゴ相場だった。

穀取輸大は当限に回るとサヤすべりする。

力は山を抜き、気は世を蓋いしに彼の輸大買い方、長星夜営に落つも還る者なしという図である。

だからこちら(輸大)の世界も枯野行きまた枯野行く色彩のない世界に入っている。

という事は、すでに強弱なかるべし。

●編集部註
 蕭条として石に日の入る枯野かな(蕪村)
 旅に病んで夢は枯野をかけ廻る(芭蕉)
 蕭条(しょうじょう)とは、ひっそりとしてもの寂しいさまを指す形容詞、と辞書にある。芭蕉の句に至っては大坂で客死した際に詠んだ辞世の句とされるものだ。
 商いの寂寥感、如何ばかりか。映画や音楽ではないが、相場と違う所からネタをもってくる記述方法は対位法的である。
 それにしても三枚とは少ない…と書こうと持ったが、令和の大豆相場を見ると、我々は寂寥感に慣れっこになっている事に気付かされる。
 当節、この慣れっこが何かと多くなってきている。その慣れっこを利用している節もある。
 やはり、これも激なる動へと転ずる、何らかの布石なのだろうか。