昭和の風林史(昭和五八年十一月十四日掲載分)

2019年11月29日

小豆無気力化してジリ貧

小豆の線は全限売り信号を出したままだ。ジリ貧で投げを強要するコースに入ろう。

本間宗久伝に霜月相場灯火消えんとする寸前の光増す心と教える。

今の小豆相場が、まさしくそれである。

売っていた玄人筋は高値で踏んだあとドテン買いになった。

それを待っていたように、相場は下げに入った。

国会の商工委員会で、輸入小豆の儲け過ぎに関してIQホルダーが16日に喚問されるそうだ。

共産党機関紙“赤旗”が輸入小豆の暴利について批判していた。一連の関連ある動きとして注目された。

入船遅れの中国小豆も、台湾小豆もこれから入荷するわけで、端境期現象も緩和の方向だ。

相場としては当限が千円棒を入れて高値を出しきった(六千円以上なし)顔つき。売るなら12月限が面白いというが、前のほうは触らず二、三、四限売りで流れにまかすのが無難。

なぜか人気はここにきて売るのが怖い。むしろ押し目買い気である。

天災期の相場でもないし、人気相場でもない。また仕手介在でもない。薄商いの取り組み細りで需給緩和。しかも煎れ一巡では、時間をかけてジリ貧コースだ。

これがあと五、六百円も水準を下げると売り玉が活性を取り戻す。逆に買い玉は散る紅葉の風情。

輸入大豆はどうか?という。高値を買いついた玉が辛抱している。安値を売った玉も辛抱している。

売り方も買い方もお辛の時代だから手が出ず薄商いである。そうこうしていてシカゴの線が崩れそうだ。

穀取輸大も上げる力も材料もないからそのうち嫌気投げが出そうだ。

いたずらに労し空しく買い玉高値の枝に掛かる。

●編集部註
 今も、昔も、日本共産党は石部金吉の集団であるイメージがある。
 一方でことわざに〝水清ければ魚棲まず〟というものもある。石部金吉ばかりの世界だと、窮屈で息も出来ないだろう。
 こおいう時に昔は〝清濁併せ呑む〟大物がやって来て「腹芸」を見せてうまくまとめる、浪曲や講談で良く登場する世界。戸川猪佐武の「小説吉田学校」でもこの手の人物が登場。古くは 「白河の 清きに魚も住みかねてもとの濁りの田沼恋しき」の落首もその代表である。
 ただ、令和の御代は些か濁りが際立っている。何かと右左、善悪の二元論にしがちな印象がある。
 相場の世界にいると、二元論が如何に空虚かを識る。基本は4つのマトリクスであり、それぞれ論理が違う。先般読んだ東工大の中島岳志教授の著書を読むと心得たもので、右左で表しきれない現代政治をマトリクスで4つに分類していた。