昭和の風林史(昭和五八年十一月十一日掲載分)

2019年11月28日

霜は軍営に満ち相場安し

霜月違作申出る時(11月に買い直された相場)寿命短し―と本間宗久伝にある。

商いの薄い場面が続いた。

閑な時は、なにもかも閑になるようで繊維問屋街の丼池筋を通っても腕組みして立っているおやじさんが『きょうは人通りが少ないな』と嘆息。

帰宅途中の赤提灯に寄っても『きょうはなんでこんなに閑だろう?』と。

世の中には目に見えないリズムというものがあって、職種にかかわらず、おしなべて閑な時は閑なようだ。

小豆取り組みが減少したままだ。取り組みは相場思惑の“在庫”。出来高は相場エネルギーの“燃焼”と見立てると、在庫も少なく燃焼も少なければ、行動(相場変動)も鈍化し、あとは基調にあるファンダメンタルズと日柄によって変化しつつある気配が次なる相場の展開となる。

目下のところ需給はゆるむ見通しである。流通段階における年末需要は峠を越すところで、かなりの高値?みになった。

今月受けて、師走、一月、二月と物の売れない時期に倉敷料は馬鹿にならない。先月受けた現物が少々は高値で売れたが、量的に当用買いで、売れたのも定期が燃えたその場限り。

テクニカルの面で人気指数強気72%の連続は取引員自己玉を見ても判るように全面的な安心買い傾向であった。

この強気はファンダメンタルに基づくものだけに説得力はあるけれど相場で儲ける事とは別の次元である。

要するに相場は人の裏を行くもので“知ったらしまい”というレッテルがはってある。

そしてこれからは買い方が相場をつぶすパターンである。下げに拍車がかかると利食い戻しはあっても、すぐ次の節また安いというリズムに乗る。

日まさに暮れんとし霜葉乱落紅雨の如しという場面。売り玉は流れにそのまま乗せておくがよい。

●編集部註
 ひょっとすると、現在の東京金相場は〝買い方が相場をつぶす〟パターンに陥っているのか知れない。ただ、穀物と違って金は腐らない。それが良くもあり悪くもある。「知ったら仕舞い」は至極真っ当だが、いまは無限月の金取引もある。一枚、また一枚と玉が退散して、最後の一枚まで生き残った時に勝機がやって来る。極端な書き方だが、あながち間違ってはいないと思う。
 最後まで生き残った者が勝ち―という理屈は、東西冷戦下の核戦略と通ずるものがある。
 ちょうどこの頃、『ザ・デイ・アフター』という核戦争後の世界を描いたTV作品が全米でヒット。世界は、今よりも緊張感があった気がする。