昭和の風林史(昭和五八年十一月三十日掲載分)

2019年12月16日

いそげ幌馬車日が暮れる

閑も相場であるがいそげ幌馬車もう日が暮れる。心焦れど動かぬ時は待つだけだ。

なんでこんなに閑になったのか。知ったかぶりの人は選挙戦のさなかはなにによらず閑になるという。

相場が閑なのは、投機意欲を刺激する要因の濃度が弱まったわけで、要するに浮いた浮いたのお金が飛んでしまった。

過ぎし日露の戦いにという歌があった。二番の出足は酷寒零下三十度―。三番が確りかぶる鉄かぶとだったと思う。

投機資金を失ったのは過ぎし盛夏の大相場で踏まされ、投げさせられたからである。大激戦のあとに相場なし。勇士の骨をうずめたる忠霊塔をあおぎ見る。シカゴ大豆の罫線の頭は雲の上である。赤き血潮に色そめし夕陽あびて空高く千里曠野にそびえたり。粗糖の市場も輸大も小豆もゴムもいま思うと戦死者が多かったのである。

従って目下の商取業界はゼロサムよりもっと厳しいネガチブ・サムである。

小さくなりつつあるパイを取りあう状況だ。

こうなると輸大でいえば30円の抜け幅を要する一般委託者と、一般会員との手数料抜け幅のハンディが判然と相場の上に出る。

同じ市場でもネガチブ・サムの戦線に一般委託者は参加できない。

ならば、しばらく遠のいて眺めることになる。

戦い疲れたのは投機筋だけでなく取引員も多かれ少なかれ弾痕あともいちじるし。まして第一線セールスの消耗たるや凄惨だ。

とは申せ本年最後の月。早々と山形さんの山大商事から来年の暦が送られてきて、この暦は各商品の運勢が特別に掲載され、それが実によく当たってきた。

数年前までは足元御用心と靴下だったが昨今の山大の暦は評判がよい。

それで小豆だが、きわめて薄商いで、マインド(心)がない。これも相場なら待つだけである。

●編集部註
 先般、当欄でお話しした「ロッキード選挙」の話題がここで登場する。
 いわゆる55年体制が崩壊の危機に追い込まれた最初の選挙である。知ったかぶりの片棒を担ぐわけではないが、この時の選挙は出る側も、応援する側も、相場どころではなかったかも知れない。
 この欄を書いていると時折、昭和の記述と令和の今がつながる事がある。 この「ロッキード選挙」で新自由クラブと連立政権を組まざるを得なかった首相は、先日亡くなった中曽根康弘だ。ここ数日、タイムラインに美輪明宏とのやりとり等、種々の毀誉褒貶が流れている。
 これで、大正生まれの総理経験者は、村山富市だけになったのではないだろうか。