昭和の風林史(昭和五八年六月二日掲載分)

2019年06月14日

輸入大豆は薄氷踏む思い

輸大の一両日は要注意。劇的下げが入るかもしれない。精糖三割高地点売り狙い。

精・粗糖が真夏の太陽ギンギラ人気。

連休明けの海外が騰勢なおも烈しく国内朝寄りからS高。

目標値の二二〇円が今では二三〇円という人気。

制限値段のない新甫先限生まれは勢いまかせでよくもまあ買ったもので、目先的には急所の売り場。

つい先日一八〇円のものが二割高。少々狂っている。これがもっと狂うのかどうか。

輸入大豆は円安にもかかわらずシカゴが下げ止まり見せるまで、国内荷もたれ分だけ叩かれる。

四月納会受けた関西の買い主力が気弱になって樫の棒の突っ張りがはずれると、ガタガタとくる。

要するに玉整理強要、買い玉投げ出せと相場様が待っている。

相場というもの、なんでもよく知っていて投げたら仕舞、投げずばどこまでも悪さが尾を引く。

その尾を引く悪さと根気くらべをしようにも金利・倉敷の時計が容赦しない。

新甫11限は東京二文、大阪四文の情けないほどのサヤしか買えなかったのは、やはり相場に力がない。

輸大のここ一両日に劇的な下げが入れば、内部要因面が大掃除できる。

強気するなら、それを見てからである。悪くすると大阪10限三千八百円台だ。

小豆は産地の気温が低すぎる。新甫は予想以上に新穀のサヤを買った。

先日(26日)の安値が青田底。その近辺を取りにいっても、それ以下は深くない。

十分過ぎる下げ日柄と下げ値幅を経験した相場は、いかに悪材料があろうと玄人筋の人気が弱かろうと、ひとたび底を打つと、これは不思議なもので買い材料がどこからともなく出てくる。まして産地気温がおかしい。様相急変という場面があるはずだ。

●編集部註
 その昔、大正時代の終盤から昭和初期にかけて〝ギンギラ〟といえば夕日であった。きんきんきらきらの朝日に対する、ギンギンギラギラである。
 やがて1940年代以降、日本では1960年代後半、ヴィスコンティがカミュの異邦人を映画化したあたりから、ギンギラは太陽と結びつき始める。「涙の太陽」のヒットも恐らく影響している。
 歌は世につれ、世は歌につれ―。この頃、1981年以降のギンギラは、そいつが俺のやり方とばかりに、赤い革ジャンを引き寄せ、恋のバンダナを渡すさりげないものに変わっていた。