昭和の風林史(昭和五八年六月二十一日掲載分)

2019年07月03日

次は輸入大豆の番になる

小豆は煎れ一巡するまで高い。次に火がつくのが総弱気の輸入大豆である。

二連休中の北海道は低温だった。ぼつぼつテレビなどで東北、北海道の異常低温が騒ぎになる。サンケイ新聞20日、朝刊トップに「異常気象2年続く恐れ。北半球は大雨、干ばつ」と大きくワシントン発共同電を掲載、朝日新聞も「エルチチョン噴火の灰が北半球覆う」と共同電を掲載した。

小豆市場は現実に北海道の六月に入ってからの日照不足と低温を眺め、玄人筋を中心とする売り玉がいたたまれず踏んできた。

思えば六月六日安値からアッという間に先限三千丁高で、げに天候相場は恐しいことである。

それでもまだ強気になりきれない人がいる。玉のほうは追証たまらず踏むしかないがS高では踏むに踏めない。

売り方は天候に油断していた。そして買い方芯になる存在がなかっただけに安心していた。要するに相場をナメていたのだ。

さて、これから全限三万円乗せの波乱相場を展開するわけだが、売り玉の目立つ東京山種の建て玉が一ツの物指しで、この売り玉が半減以下になるまでは基調不変。

とりあえず上昇初期の踏み上げ段階が、どのあたりで終わるか。上げも急なかわり押しも入るだろう。

その押しをまた買うという玉の回転。大局観さえ間違いなければ、どこまでも強気の一手でよい。

産地天候のほうは21日から再び悪くなりそうだ。

さて隣の小豆が火柱を立てているのに、輸入大豆は元気がない。

恐らくこの輸入大豆はシカゴから火がついてくると思う。エルチチョン火山灰の影響が大豆生産地に現われるとシカゴS高の可能性なしとしない。

穀取輸大は総弱気である。それだけに小豆のようなことになりかねない。

●編集部註
 サンケイ新聞が大阪で産声を上げた新聞社であるという事を知る人は意外に少ない。東京に進出したのは1950年だ。
 まだこの頃、本社は大阪の西梅田にあり、この時に記者として活躍していたのが司馬遼太郎だ。
 因みに、このサンケイ本社ビルの目と鼻の先、今のリッツ・カールトン大坂の斜向かいに、毎日新聞の大坂本社がある。
 ここの学芸部で副部長だったのが井上靖。その部下が山崎豊子。年表を見ると、後の芥川賞と直木賞受賞者(そのうち二人は文化勲章受章者)の三人が、1950年代に新聞記者として西梅田を歩いていた事になる。