昭和の風林史(昭和五八年五月二十四日掲載分)

2019年06月04日

小豆まさに陰の極に入る

小豆は陰の極である。精糖ゆれ戻し売り。輸大が潰れよう。ゴム安値利食専一。

商品相場はなにもかも狂ったような動きである。先週末などオール商品暴落。

週明けは精糖がS高に反転。NY高と円暴落でふりまわされている。日本の商社が海外の高値に飛びついたあと気配が悪いと見てヘッジ売りした玉が狙われ、チャブつくことおびただしくまるで素人の手口なみ。

この精糖は、ゆれ戻しのS高抽選は勝負かけるなら売って、本日の高寄り売り乗せと見る。

強気は二二〇円目標だが、一度一九〇円そこそこまで下げてからだろう。

ゴムは一応の下値目標に接近中だ。これからの安値は、買い拾う水準である。人気相場の天井はしたが実勢相場の天井は打っていないから息の長い上げの道中に来月入ろう。

小豆にはまいった。

一月の大底値を割ってしまった。ホクレンという売り仕手の前には衰弱しきった市場だけに立ち向かう者がない。もしあるとすれば下げ過ぎた値段と作付け後のお天とうさんだけか。

まさしく小豆のこの崩れは、これが相場だという凄さである。

値頃観のわれわれの強気など木端微塵に吹き飛んだ。

これで取り組みがゲッソリ細ってしまうとどうなるか。崩れの反動戻しはくるが、たいして期待できない。ただ、天候で作柄にトラブルが発生したら取り組みのない相場は55年六月、七月に見たような一万円棒立ちという経験もある。

物が売れない。物が余る。ホクレンの実弾背景の売り。玄人筋の売り。受け手難。マバラ大衆筋の買い因果玉。芯になる買い方不在。ともかく今はまっ暗闇である。

ただ、陰の極に入っていると思う。相場の大底とはそういうものだ。

次に崩れるのは輸入大豆であろう。

●編集部註
 「何しようぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂え」
室町時代の歌謡集である「閑吟集」からの抜粋である。〝くすんで〟は古語動詞〝くすむ〟から来ており、学研の古語辞典を開くと「①生真面目な態度をとる/重々しく構える②地味である/暗くて陰気である」とある。今は②の方が一般的に使われがちだが、こちらの文章は①を使う。従って「何を生真面目に。人生あっという間なのだから狂ったように遊び倒せ」というニュアンスか。
 現在人生八十年。ただ明治、大正期の平均寿命は44歳。敦盛では「人間五十年」と謡われるので、確かに夢幻の如くなり。
 穀物取引は限月勝負。日本は期先中心なのでまだ余裕があるが、海外は期近中心でリアルに〝一期は夢〟なので、それは狂いもする筈である。