昭和の風林史(昭和五八年九月十四日掲載分)

2019年10月04日

魔神はお腹たたいて喜ぶ

相場の魔神は人間大損して渋づらつくるのをいつも待っていてお腹たたいて喜ぶ。

小豆は新規に手を出すお客さんはいませんという。

高いところの買い玉持った人は多いです。

その買い玉をどこで、はずすかです。

小豆の商いが一場57枚とか76枚などと六限月のしかもそれが東穀、大穀の商いだから情けない。

セールスは言う。一枚13万円の証拠金と輸大の7万円と、ゴムの9万円と粗糖の6万円と、われわれもお客さんも、なにが効率よいか常に考えることです。

証拠金が低くて、しかも判りやすく大きく動くものといえば輸大しかない。

それが上げ相場だから、お客さんは買いました。上がりました。利食いました。まだ高いです。また買いました。すぐ利食いです。まだまだ上です。六千円必至です。思い切って買いました―。

取引員自己玉は凶作だがお客さんは豊作だった。

相場で面白いのは当たりだして儲けが大きくなると玉を筒一杯行かなければ損したような気になる。

相場水準は知らぬ間に高いところにきている。

玉は逆さピラミッド式に大きくなるばかり。

ドスンと一発きたら電報(追証)。流れが変わったと見たら玄人筋は思い切って大量売りに出る。

店は客注の売り玉を場ざらしする。

ドスンと二発目がきたらはしゃぎまわっていた買い玉は、まさしく玉砕。

相場に魔神あり。三回、四回と儲けさせて五回目にパーにさせるのを五とん。七回まで儲けさせて八回目にガターンとなるのを八とん。魔神は人間欲の突っ張りをとことん膨らませておいて、どこかでパーにして、お腹をたたいてよろこぶのである。

天にも頂きあり。これ有頂天と教える。相場にも天井あり。これ安心買いの場所という。

●編集部註
 これまで「マニアがジャンルを亡ぼす」と執拗に述べてきたが、今回の文章が如実に小豆相場の終焉前、所謂「神々の黄昏」を物語っている。テクニック論が過ぎるのだ。
 相場がそんなに簡単なものではない事は誰もが知っているが、ここまで手数が多い攻防戦では、素人が先に音を上げる。
 以前、ここでコンラッド・レスリー氏の人となりを紹介したが、彼の如く先物市場でのヘッジを国内の農家に啓蒙するような人物がおらず、投機家ばかりの市場になると、やはり場が澱む。難解、危険のイメージが増大すると、本来来て欲しいお客さんも集まらない。その悪循環の結果が、今の穀物先物の悲惨な現状だ。