昭和の風林史(昭和五九年三月二日掲載分)

2020年03月26日

輸大底値大脱走のマーチ

時に前乾当限五千円なきにしも非ず。輸入大豆は底値圏大脱走のマーチ。銀好買い場。

六取引所六節の小豆と、二取引所四節の乾繭と取り組み出来高を比較すれば、取り組みで(28日)八千九十枚乾繭が多いし、出来高(29日)で三千二百枚これも乾繭が多い。

穀取には輸入大豆というドル箱があるから小豆が不人気でも深刻さはない。

しかし、かつて黄金時代を謳歌した小豆のおもかげは、もうないのである。

それは二取引所ゴムの取り組みにも一万四千余枚の差をつけられ、東京粗糖一市場との差においては三万枚もの開きがある。

山高きが故に尊からず、取り組み多いばかりが能でないかもしれないが、市場の盛衰、商品の潮流を歴然と見る思いがする。

注目の東穀・米国産大豆市場はシカゴ高の反映と御祝儀気分もあって、いい値段に寄りついた。

東穀では、大豆両市場(米国産、中国産)の商いが長い時間になった場合、物理的に小豆を前場二節、後場二節にせざるを得ないだろう―と考えている。

それは淋しい話であるが淋しいと思う気持ちが、すでに老化した考えかもしれない。時代の流れは速い。

さてシカゴ大豆は底値から大脱走のマーチである。押さば買い場と見たが20㌣と押さず、はね返した。

九㌦→八㌦→七㌦と大台三ツ割った下げ相場のトレンドが上向きに転じ、明らかに相場が変わったことを示していた。

乾繭は玄人ほど売りたくなる。まして生糸相場を眺めていては、とても買えたものでなかろう。しかし逆ザヤ相場売るべからずだ。政策を小馬鹿にする風潮がゆきわたっているが、相場の勢い・流れ、そして罫線を見ていたら、これは黙ってついていくものが勝つだろう。

前乾先限四千八百円、時に当限五千円という場面なきにしもあらずと思った。

●編集部註
 生糸、乾繭、粗糖?。結局、全てゾンビ化して消えていった。昭和も遠くなりにけり。
 1984年3月は帝銀事件や下山事件、三億円事件などに並ぶ、戦後犯罪史上最も不可解な事件が発生する。
 3月18日、当時の江崎グリコの社長が誘拐され、現金10億円と金塊100㌔を要求する脅迫状が届く。3日後に社長は発見されるが、これは事件の序章に過ぎなかった。
 4月になるとグリコに劇薬入りの脅迫状が届き、その後丸大食品や森永製菓、不二家などにも同様の脅迫状が。関西のスーパー等に青酸ソーダ入りの菓子がばらまかれた。俗に言う「グリコ・森永事件」である。この騒動は翌年、唐突に終わった。