昭和の風林史(昭和五九年三月二二日掲載分)

2020年04月20日

昔なら小豆に人気集まる

小豆相場の泣きどころは大衆離れである。それは相場構造が難解になりすぎたためだ。

一昔前なら今年のような彼岸の中日過ぎても雪が降るような異常気象は、相場する人にとって直感的に夏の北海道の気象異変を連想したし、春耕遅れ、小豆発芽期の遅霜被害を小豆相場の思惑にむすびつけ、小豆市場は人気を集めたことだろう。

しかし、今の段階ではなぜか小豆相場に無関心の人が多い。

確かに相場は昨年の凶作により、またホクレンが相場を常に意識した価格政策を採用し、農水省当局の輸入政策にしても時々によってパターンを変える方式により大幅な逆ザヤが続いて、要するに相場を取り巻く環境が高度に複雑化し、相場また判りにくい段階に入ったため、大衆投機家が小豆から離れた。

確かに小豆の証拠金の額の問題もあるには違いないが、それ以前の問題として相場が難かしいところに人気離れの要因がある。

もちろん、難かしくない―という人もいるわけだが、取り組みが減少し、商い高も落ち込んだままという現象は、一部特定の人たちだけが小豆相場に取り組んでいるとしか言えない。

来月から北海道市場は九限月になる。新穀限月(10月限から)が立ち、その相場が将来価格の指標性を示すだけに重大な関心が持たれてよい。

また、来月から生まれる限月は30㎏建となり証拠金も低額に抑えられる。

しかも異常気象下の天災期限月が先三本に揃うという好時期を迎える。

願わくば、小豆市場の人気回復に期待を寄せるわけだが、小豆の生産、輸入、流通の構造が、これまでと変わらぬものであれば、相場の難解さ、即ちホクレンと輸入商社主導下の、大衆離れした市場が続くわけで、投機家にとっては近寄れない。そこのところが小豆の泣きどころである。

●編集部註
 先日、ラジオ番組で小一時間かけて「演劇集団キャラメルボックス」という劇団を解説する番組をやっていた。
 現在は活動を休止しているこの人気劇団は、演劇界のすそ野を広げるべく走行中の新幹線の中で上演したり、地方で来られないお客様のために映像化を試みたり、高校生など学生の入場料金を大幅割引したり、高校の演劇部でも上演出来るような戯曲を発表したりした。
 しかし、当時の演劇界は彼らの活躍を「女子供に媚を売っている」と完全無視したという。ただ、恩恵を受けた当時の学生は社会人にり、今回のラジオ番組のように劇団を評価するようになっている。まさに「情けは人の為ならず」である。
 全く関係のない話だが、小豆相場の大衆離れという文言を読んで、ついこの事を思い出した。