昭和の風林史(昭和五九年三月二三日掲載分)

2020年04月21日

小豆と投機マインド関係

過去の経験則が通用しない事。投機マインドの極端な低減―これが小豆市場の今の姿。

商品相場全般に活力がないという事は狭い面から見た現在の日本経済の構造が、内需に力がないということに、すべて起因しているようだ。

内需が弱いところへ、異常寒気団におおわれて季節商品の需要サイクルがまったく狂ってしまった。

例えば小豆にしても彼岸の売れ行きが非常に悪かった―という事は、内需の弱さ=購買力の低下であり、行楽需要の遅れ=異常気象(春の寒さ続き)が、微妙に需給パターンを狂わせている。

小豆にして然りだから経済全般、国民生活全体からこれを見ると、あらゆるところに、かなりの、ひずみが出てくるわけだ。

焦点を絞って、ではこの小豆相場どうなのか?となれば、昨日書いたような状況下の相場を前提に、(1)供給が絞られているが、(2)需要も低下していて、(3)価格見通しがつきにくい。(4)先物市場は流通市場との乖離が甚しく、(5)細った取り組みの中で一部特定の買い玉の存在が突出し、(6)コップの中の需給事情を、これまたコップの中の内部要因主導により、(7)箱庭の中における先物機能の麻痺という姿になっている。

これは小豆という、そのものの商品の国民生活とのつながりが、この三~五年でどう変化したか(嗜好変化)。生産―流通の大変革(問屋業務の衰退)。IQ商社の価格政策と圧倒的存在のホクレンの価格支配力等が、数年来の相場経験と徹底的に管理された利潤追求のシステムが穀取市場にはめられ、これがため投機家の呼吸する空気が希薄になってしまった。

故に市場価格はあれど、通用せず、品物はあるけれどない。ないけれどあるという相反する現象となって投機余地が極端に細められたのが、今の小豆相場の姿のように思う。

●編集部註
 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。奢れる人も久からず、ただ春の夜の夢のごとし―。
 小豆もまた例外に非ず。そして小豆に限らず、日本の穀物市場はもう、坂口安吾の言説を借りると、もう堕ちる所まで堕ち切らねば上がり目はない。
 最近、岩波現代文庫の「なぜ日本は没落するか」を改めて読み返している。戦後日本で最もノーベル経済学賞に近かった経済学者、森嶋通夫が1999年に書いた本である。
 出版当初、筆者はこの本をボケた老教授のボヤキとしか思っていなかった。彼はこの本を書いた5年後に80歳で亡くなる。
 ただ今読み返すとボケていたのは自分であった。特に第八章の記述には戦慄が。森嶋の予測通りに日本は現在堕ちている。