昭和の風林史(昭和五九年一月六日掲載分)

2020年01月27日

異常逆ザヤに無言の抵抗

これからの先限の安値は割安観で買われようが、買うほどに重くなる相場だ。

複雑そのものの異常逆ザヤである。輸入物新穀の供用薄と買い方の居座わりにより一代の高値圏で突っ張っている期近。これに対し先三本は追証の心配ご無用、売り玉はいつでも手じまえる。

逆ザヤの理由は明らかだが、それも度を越すと、どうなるか。

玄人投機家だけの、誰が買った、誰が売った―が筒抜けの狭い市場では大衆筋も近寄らない。

高値の期近を売りたいが、強引に煽られると怖いし、11月限、12月限で懲々の投機家も多い。

不思議なもので、これだけ逆ザヤが長期化すると、期先が割安に映ると見えて新規はどちらかというと、買い慕う傾向である。

恐らくその買い玉は、陽の目を見ないだろう。

期近が高値圏で威張っておれるのも所詮は流通がネックとなっているからに他ならない。

道産小豆は売り惜しみで消費地四市場経由分は供給量の三分の一以下、輸入枠は年間需給のバランスが合うよう発券されるから、どうしてもタイト気味となる。それに輪をかけるように、外貨保有の最大手が輸入成約を渋っているだけのこと。

つまりは“有りがすれ”である。

しかし、異常逆ザヤの長期化は当然緊急枠の声が高まろうし、もっと予断を許さないのが日米農産物交渉である。

雑豆は自由化を迫られている一品目である。四分割自由化ということで、小豆はあるいは免れ得る可能性があるにせよ、それも交渉の成り行き次第、どういった政治的判断が下されるか―。その最大のヤマは二月下旬である。

“逆ザヤに売りなし”から、情勢は大きく変わろうとしている。

●編集部註
 所謂〝ニワカ〟と〝古参〟 のいがみ合いはどの世界にもあるのだが、こと相場の世界になると動く金の規模が段違いな分だけ生々しく、令和の御代の現状を見ているだけに廃れたあとの寂寥感たるや桁が違う。この時、売った買ったでニワカを睥睨し、時にはマウントを取りまくってボコボコに蹴散らした「玄人投機家」の方々は、その大半が我が身に返って来たブーメランにやられたか、逃げ切ったとしても鬼籍に入られておられる。生き残りはほんの一握り。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢の如し―と真冬に書いてみる。
 相場修業は人間修行というが、生き残りの古参達は凄みを蓄えている反面、何処か飄々として朗らかで仏のような面構えをしている印象がある。
 1984年1月、小豆相場の売り方による「地獄八景亡者戯」は、まだまくらに入ったばかりで本題に入っていない。