昭和の風林史(昭和五九年一月九日掲載分)

2020年01月29日

そして誰も手を出さない

小豆は玉の回転が利かないのである。冬ごもりしているしかない時もある。

小豆の商いが寂れるのは玉という玉が冬ごもり中で身動きできない。

一部玄人の期近買い玉が回転しているだけで、新規に小豆市場へ参入してくる投機家もいない。

だから市場が閑になるのは仕方がない。

第一に判りにくいという事である。

相場金言に、判らぬものに手を出すなとある。判っていて損する分には納得もいくし、取り戻しもできるが、判らぬもので損するほどあと味が悪い。

誰がどうだからこうというのではなく、なるべくしてこうなってしまった。

であるならば(1)早々と戦線から離脱する。(2)死んだふりして時のくるのを待つ。

損切りしてまで離脱するのが嫌だから、じっと辛抱しての冬ごもりである。

各限月それぞれ好きなところの値頃水準。

どれが本当の値段か?といえば、すべて本当の値段だからやりにくい。

君は君、我れは我れ、されば人気放れる。

いつまでも小豆じゃあるまいという。確かにそう思う。銀もできるし、ゴムでも粗糖でも輸大でもよいのだ。されど小豆も好きだから困る。

当限に回ったら小型のスクイズ、世間でなんといわれようと、やりたい人はやるだろう。できる環境なら見逃す手はないという小才の銭儲けである。

大きな器、大器の相場師はそんなことをしない。

そのような市場は嫌だ。駄目だ。と思う人は去る。本当にそのような市場に参加していたら、つまらない。有形無形の損という事は、一日も早くまともな他商品の相場を研究しだしたほうがよいからだ。

●編集部註
 ここから数カ月、小豆の売り方には地獄絵図が待っている。当然この時、風林火山をそれを知らない。にもかかわらず、この危機察知能力は凄い。まさに慧眼というべきか。
 地獄絵図といえば、この年の1月、週刊文春に掲載された「疑惑の銃弾」という記事が、その後のメディアで「ロス疑惑」として一大センセーションを巻き起こす。
 輸入雑貨商を営む男が妻とロサンゼルスを旅行中に暴漢に襲われ負傷。妻は亡くなるのだが、それが保険金目当ての殺人ではないかという疑惑は、加熱する報道の結果、男のプライベートが微細に至るまで白日の下に晒され。85年に逮捕される。
 しかしこの事件、最高裁まで揉めた挙句に上告が棄却され、2003年に逆転無罪が確定する。
 ただ話はこれで終わらない。2008年に男は米国で殺人容疑で逮捕。ロスに身柄移送された日に留置所内で首を吊っているのを発見される。