昭和の風林史(昭和五九年一月三十日掲載分)

2020年02月20日

小豆の先限は天井打った

満腹になれば“市場の良識論”が、まかり通る段階にくると見てよいのかどうか。

小豆納会受け渡しが高場の大阪に荷が移動したとはいえ、東京一枚、名古屋三枚という事は、上場適格性の面から考えた場合、異常事態であるから近寄らぬようになる。

供用品がないから二月限も市場管理の面で大幅臨増しとなろう。この場合新規は丸代金でもよいだろうが一月の時のように既存玉を『さあ売り玉早々と踏め』といわんばかりの大幅臨増しをやられると二月限売り玉は踏んでくるのは見えている。

従って今の市場では相場観は適用せず、物がないものを売った人は早く離脱したほうがよい―という事になる。

今から言っても始まらぬ事だが『凶作年は古品の供用を三月頃まで延長すべきでなかったか』という声もあるが、そういう事は“全穀連”あたりで早手回しに考える事で、実施しなかったのは、今のような状態になるとは思っていなかったからであろう。

これで臨時枠が出なければ力のついた買い方の思うままの相場展開が、取り組み薄、商い細りの時だけに続くと見るべきか。

一部には『昨年夏の大損を取り戻して、お腹が満腹になれば、市場を大切にしようという良識論が出てきて、無茶なことはしないようになろう』と。確かに市場あっての儲けであるから役所に言われなくとも、取引所の自治機能が表面化する段階でもある。

今回の小豆相場の犠牲者は多い。なぜ敗けたか冷静に分析し克明に記録して他日を期すのがせめてもの慰めであろう。それは“儀式すんでの医者話”ではなく“実践相場理論”として必要な事だと思う。

●編集部註
 以前から幾度となく、当欄では「マニアがジャンルを潰す」という話をしてきた。我々は現在、1984年の小豆相場の同行を綴った記事を読む事で、『赤いダイヤ』とその昔呼ばれ、戦後日本の商品市場をけん引していたジャンルが、マニアによって潰れさていくプロセスを追体験させてもらっている。これは歴史に学ぶ貴重な経験である。
 もっと正確に言えば、マニアとマニアに阿った愛のない運営によってジャンルが潰されていく。
 古参がニワカを排除する世界に未来などない。そんな古参を排除してニワカを守らない運営に存在価値などない。その点、新規に排他的な古参を出禁にした矢沢永吉は偉い。
 どのジャンルも浮かれたニワカに古参がイラっとする場面はある。恐らく当時、死屍累々たるニワカの有様を古参はほくそ笑んでいた事だろう。
 しかし、本来ここで古参がやるべき事は、苛つきつつもニワカを商品先物の沼に漬け込んで、新たな古参にする事だった。