昭和の風林史(昭和五七年十二月二五日掲載分)

2019年02月05日

泣く子と為替には勝てん

泣く子と為替に勝てないというような輸入大豆。小豆は輸入枠拡大には勝てない。

なんとも暖かい歳末で、あわただしさというものを感じないのは、不景気だからしょうがないと諦めた人が多いからであろうか。それは終電車が出たあとの感じで、終電車というものは間に合うか、合わんかのところが一番あせるものだ。出てしまったとなると、なんとなくほっとする。

相場でも逆境で追証、追証の苦しみから、煎れ投げした時の解放感は、そのあとにくる苦しみはまず置いておくとして、まずは、ほっとする。

輸入大豆は円高分を売られて9日の安値を割ってしまった。

あの値段は大底と見ていたのだが、世の中厳しい。

しかし、(1)大出来高、(2)夜放れ新安値、(3)弱人気支配、(4)下げ日柄(11月1日から)を考えると、下げ過ぎのように思えた。

輸入大豆相場の底は
52年…12月6日大底。
53年…12月25日大底。
54年…次の年の1月9日。
55年…次の年の1月26日。
56年…12月18日大底。
57年…12月24日?
と12月か、明けて1月に最安値を付けている。

弱気のいう下値目標三千五、六百円なら、たとえ瞬間的に付けたとしても売り玉利食いできるものでない。まして三千六百円などという安値は世界一安い大豆になる。そのような相場はあり得ないだろう。

問題は円相場だ。このほうは、やや人気の過熱化が感じられる。だけに、反落寸前と見るべきでなかろうか。

小豆のほうは輸入枠拡大という材料を、どのように消化していくのか。

生産者農家は、農業政策に従って増産したのに、価格は崩れるは、輸入枠は拡大されるは―では、踏んだり蹴ったりで小豆は再び大幅減反の道を歩むことになるかもしれない。

●編集部註
 1982年12月のドル/円相場は、週足で見ると12月最終週まで10週連続の陰線。差し詰めプロレスなら、トップロープからの雪崩式パイルドライバー、もしくは垂直落下式リーマンショックがきれいに決まった感じであろうか。あとは、フォールされて終了―というところまで来ている。
 当時はテレビ朝日が金曜8時のゴールデンタイムで新日本プロレスの試合が放映されていた頃だ。
 この年はハルク・ホーガンがアックス・ボンバーを決め、佐山サトルが初代タイガーマスクとして空中殺法を極めてWWFジュニアのベルトを巻き、それらの模様を古舘伊知郎が実況していた。