昭和の風林史(昭和五七年十一月二日掲載分)

2018年11月29日

当り屋と金屋に勝てぬか

当たり屋と、金屋にゃ勝てぬ―といった輸大暴騰の場面だったが、期近は山場である。

小豆がようやく六限月揃ったことはご同慶のいたり。

小豆は腐っても鯛といわれるほど、まだまだ投機家の人気を維持している。

しかし懸念される面がないでもない。

ホクレンの一元集荷→価格管理相場。行政介入。次期枠絞り込みなど、価格に対する介入が濃くなるようだと、投機家はソッポを向き、小豆から離れる。

相場は異常でない限り自然にまかせるのが一番よい。

ところでこの小豆相場、今週強張ったところの先のほうの限月は売り場になろう。

市場は値頃観の強気が多過ぎること。ホクレンの価格維持策や一元集荷に期待が強すぎること。

しかし実勢面は不況下にあって力がない。

相場的には八千円台の九本の日足線が捨て子になって、これを踏ませたいが、三万円台の買い玉ウエイトも大きく九千円台での浮動という場面。

これが今週後半になれば日柄面で軟弱な足どりに変わり、大局的トレンド二万五、六千円大底取りの総投げという本年最後の相場に移る準備に入ろう。

輸入大豆はT社が名古屋市場で長期限月の積極買いが、東京、大阪に波及している。

T社に対する業界意向にあたかも挑戦する如き観なれど大衆は当たり屋につけの提灯。業者は玉がほしいし、ダミーから玉が出れば建前も立つという感覚。

泣く子と地頭には勝てぬと言ったが当たり屋と金屋にゃ勝てぬところ。

大阪当限は今月も玉締めアンコールの空気。

しかし船は港に次々入るし期近の逆ザヤ異常が叫ばれ行政の目も険しい。

人は自分の得意技で失敗するという。相場も危険地帯に入っている。

●編集部註
 賭博場の事を指すのに、古来日本では盆、場、敷という表現を用いた。熱くなるので鉄火場という表現も生まれる。
 常設の博打場の事を常盆と呼ぶ。その盆での勝負に暗い人物の事を盆暗と表現し、転じて頭の回転が鈍い者、精彩を欠きうだつの上がらない者を〝ぼんくら〟と呼んだ。
 こうした言葉の語源を辿って考えると、日本の商品先物取引を管轄するお上は、今の今に至るまで盆暗と言えるだろう。
 中には江戸時代の長谷川平蔵や昭和の高橋是清など、盆暗ではないお上もいた。ただ、決まってこの手の人物を盆暗達は「山師」と陰口を叩く。
 大抵が嫉妬であり、盆暗の盆暗たる所以である。