昭和の風林史(昭和五七年十一月二四日掲載分)

2018年12月20日

今月も玉締めするのか?

バクチの道具に使われる輸入大豆は上場廃止すべきだ―という声が段段強くなる。

小豆相場の当面は戻してよし、下げてよしのところ。

戻しても、怖くない(売っている人にとって)相場。

という事は、強張ったところを買ってもつまらないことになる。

むしろ盛(も)りのよいところ、先二本の九千円台は売って判りやすい相場である。

それでは、この下値であるが、いつ頃、どのあたりが買い場になるのか。

相場というもの下がるばかりの一本道ではない。必ず下げ終われば次は上昇トレンドに乗る。

ほぼ九カ月にわたる長かった小豆の下げトレンドも来月の中頃にはピリオドを打つと思う。

その時分の値段としてはやはり二万七千円台か、瞬間的に二万六千円台に落ち込むかのところ。

要するにそのあたりが終着駅。

思えば早春2月10日、東京三万六千二百円天井。

長征十カ月に及び一万円下げという姿でなかろうか。

この間、君は春秋に富み、相場は漸く老ゆ、知らず此の大底を―。

戦を欲するものは戻りを売ればよい。休養を欲するものは買い場を待てばよい。眼前まさに師走の候。

輸入大豆は大阪市場当限野中の一本杉。

中国大豆入船遅れ。大阪渡し物不足。買い仕手頑強。

しかし先に行けば品物は入るのである。

当限は納会強引に締めれば先月東京納会同様の狂騰もあるだろうが、先月納会あの件でさえ、輸大上場廃止論が拡大した。

大豆は国民食生活の上で主食同様の重要性を持っている。その大豆を一部投機家の手によって、このような事を繰り返してよいのか―という非難はいまも変わらない。上場廃止すべきだという実需者、流通段階の声を無視できない。

●編集部註
 悪貨は良貨を駆逐する―という言葉は、全てのジャンルはマニアが潰す―という言葉と通じるものがある。
 先物相場には、本来価格の〝平準化〟という役目を担っている。しかし、どの世界にも〝厄介〟はいるもので、その〝厄介〟がシステム自体を崩壊に導く。
 〝厄介〟にも〝厄介〟なりの言い分や論理があるのだろう。ただ、それは大抵が狭量で自己中心的で周囲が見えていない。
 売るにせよ、買うにせよ、相場には相手が必要であり、ゼロサムゲームで相手を叩き潰してしまうと周り回って自分が困る事になる。トムとジェリーではないが「仲良く喧嘩」する必要がある。